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私立小田原大学准教授 葉柳俊作

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「それは毒矢だよ。土地の人間は吹き矢にして使う。ヤドクガエルの毒を使うんだ。五分もあればたとえジャガーでも全身が麻痺して死んでしまう。」

 南米産のヤドクガエルの毒は生物界でも最強クラスで、コブラの毒の実に三十倍もの威力の神経毒で、これを塗った吹き矢を食らうと、例え密林の王者ジャガーでさえ五分もたたないうちに全身が麻痺して死んでしまう。
 父娘は顔を見合わせた。
 里志が恐る恐る聞く。

「あ、あの、毒で捕まえたものを食べても大丈夫なのですか?」

「食べる分には問題ないよ、毒はたんぱく質で出来ていて消化されるからね。血液に入ると神経が麻痺するんだよ。さて、これで行くからゆっくりとお食べなさい。私は息子たちと鉱夫たちの食事の用意をしに行くからね。」

 それを聞いた里志は思い切って聞いてみた。

「カレンさん、その鉱夫というのはカレンさんのお仲間ですか?」

「ああ、そうだよ、ゲリラにこき使われている地元の私の一族さ。」

 それを聞いて里志と絵里は真っ青になった!

「た、大変、どうしようおとうさん。」

「………う、む…」

 里志の顔が苦渋にゆがむ。

「どうかしたのかい?」

 カレンは怪訝な顔で二人を見る。

「カレンさん、あなたを信用してお話します。時間はほとんどもうありません。今から言うことをすぐに実行してください。」

 里志の真剣な様子に、事態がただ事ではないことをカレン・シゥは感じ取った。













第十章「森林の悪魔ナナ」


ロドリコ・エステバスは半分眠っていた。
 夜通しの門番は一週間に一度回ってくる当番だが、酒と女が大好きなロドリコは、いつも安いラムをあおって仕事に就くため、明け方になると決まって船を漕ぎ出すのである。
 同じゲリラの下っ端のテト・フランチェスカがその様子を見て言った。

「ちっ、また寝てやがる、さっきあんな騒動を起こしやがったくせにどんな神経をしてやがるんだこいつは。こんな馬鹿と組まされる俺はなんて不幸なんだ。また連帯責任でOZに殴られるに決まっている。なんてついてやがるんだ!」

 テトはロドリコに向かってズカズカ歩いていき、拳をぎゅっと握ったかと思うと思いっきりロドリコの頭を殴った!

ゴン!

「ギャ!痛ってぇえーーーーーーー、くら、てめえ何しやがるんだボケェー!」

「じゃかましいわ、てめえが寝ると俺までぶん殴られるだろうが、その汚ねえまぶた、でこちんに縫い付けたろか腐れ間抜け野郎!!」

「上等じゃねえか、やれるもんならやってみろ三下が!」

「もう許さねえ、そのしょぼいヒゲの生えたアゴを、カチ砕いちゃる!」

 二人はガキの喧嘩の方がまだましに見えるくらい、腕をぐるぐる振り回しながら相手を殴りつけようと奮闘していた。
 その時、二人の目の前に広がる森の暗闇の中から、何かがふらふらと基地の正面ゲートを照らす光の中に這い出てきた。
 そいつはなにやらふらつく足で二人に近づいてくる。
さすがのぼんくら二人も、それに気付いてけんかをやめる。

「なんだてめえは、止まれこら、ここをどこだと思ってやがる!」

 ロドリコは背中にしょったカービン銃を手馴れた手つきで前に回転させ、ふらふらの人物に銃口を向けた。
その時。
 
 謎の人物の後ろの森が明るくなった。
 朝焼けの光が、空に広がる薄雲をすみれ色に染める!

「ナナが来る!」

 その男がつぶやいた瞬間、背後の森にへばりついていた闇が、怒涛の津波となって森からあふれ出た!
 まるで黒雲が意思を持ったかのように、木々の間から湧き出してきて、急速に膨れ上がろうとしていた。
 その振動音は地震の唸りにも似て木々を震わせ、大気を怒りで満たしてゆく!
 その瞬間、ふらふらの男は猛然と砦の正門に向かってダッシュする!!!
森の中からあふれ出した闇が、差し込んだ朝の光を浴び、更なる振動音を雄たけびのように上げ、砦に走りこんだ男の後を追うように、津波のごとく押し寄せてくる。

「う、うわわあああっ、ハチ、ハチハチ、ハチハチハチハチハチわわわわあああーー!」

「ぎゃああああああああああーーーーーーーーー」

 一瞬で門番二人を飲み込んだすさまじい闇は、門の中に走りこんだ男を追いかけ、ムーソの砦を侵略してゆく!

 まるで朝日を合図に砦を囲む四方のジャングルから、黒い津波のように押し寄せるキラービーの震える群れは、その怒りをぶちまける獲物を探して、砦の中を縦横無尽に暴れだす。
 凄まじいその羽音が空間を震わしたとき、寝室で寝ていたOZ・カレイラは、その爆音に驚かされベッドの上に跳ね起きた。
 窓のカーテンを開けると彼の目に飛び込んできたものは、猛然とガラス窓に突っ込んでくる凄まじい数のミツバチであった。
 ガラス窓にバチバチと無数の音を立てて、激突してつぎつぎと潰れていくキラービー!
 段々とその音は頻度を増して行き、次第に連続音へと変わってゆく。
 蜂が激突する圧力に耐え切れず、ガラス窓に大きくひびが走る!

「うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!」

 ガラスが砕け散るそのわずか前に、OZ・カレイラは身近にあるクロウゼットに飛び込み、必死の形相で扉を閉めた。
 次の瞬間ガラスは大音響とともに大破した!!!
 カレイラは闇雲に衣類を掴み取り、足元に明るく見えている扉の下の隙間に、目張りをするように衣類を絶叫しながら突っ込みつづけていた。

「うわあああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

外に出て、朝の運動をしていたものや、見張りの当番で夜を通して立ち続けていた者たちは悲惨であった。
 一瞬で何十万匹規模の殺人蜂の毒針に同時に刺され、体中を真っ黒くキラービーに覆われながら即死したのだった!!
 建物の中にいた者たちも、外にいるものたちと同じ運命をたどるのにさほど時間差があったわけではなかった。
 空気取り入れ口や、排気ダクトなど、ありとあらゆる穴から、真っ黒い死の津波は押し寄せてきた。
 窓ガラスはいとも簡単に打ち破られ、死を運ぶ竜巻は目に映る、動く獲物を一匹残らず刺し殺さんと、狂気の黒いカルナバルを開始するのであった。
自分の部屋で日課の太極拳を踊っていたチャイナ・エルドラドは、突然の振動音といたるところから巻き起こる悲鳴に驚き、自室のドアを開けたところで、目の前の廊下でキラービーにたかられ、転げまわる数人の部下と出くわした。

「た、たす、け……てぇ……ぇぇぇ」

 消え入りそうな声で助けを求めてくる部下の目の前で、チャイナは大急ぎでドアを閉める。
 ほんの一瞬ドアを開けただけなのに、すでに何匹かに手の甲を刺されてしまった。

「いたたたたたた、なんざんすか!なんざんすかこのハチどもはーーーー!」

チャイナは一瞬パニックになりかけたが、狡猾な性格が彼を冷静にもどした。