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私立小田原大学准教授 葉柳俊作

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 おっと、いかんいかんと思いながら、チャイナは絵里に近寄ってくる。

「これはこれは大和田大使のお嬢さん、はじめまして、チャイナ・チャン・エルドラドと申します、お見知りおきを、ほほほほほほほほ。」

「お父さんはどこよ、このテロリスト!」

 慇懃無礼な態度にカチンと来た絵里は、銃を突きつけられているにもかかわらずチャイナに怒鳴り返す。
 ふん、なんて行儀の悪い娘ざんす、親の躾がなってないざんす、これだから

「日本は戦争に負けるざんすよ!」

「はあ?」

「べべべべべ、なんでもないざんす、さ、私とともに来るざんす、父親に合わせるざんすよ。」

 基地の中の兵士二人が絵里の両横に立ち、絵里に触ろうとする。

「触らないで、私に触ると殴るよ!キー、触るなーーー、キャー痴漢!お父さーーーーん!」

「あーもう、うるさいざんす、さっさと私に付いてくるざんすよもう。」

「でもチャイナさん、身体検査だけでもしておかないと……。」

「ほっとくざんす、どうせ森の中をさまよったあげく、空腹で投降してきた娘ざんす、何も持っちゃいないざんすよ!」

「は、はあ……でも腕だけは拘束させてもらいます、さ、来い!」

「やめなさいってば、キィーーーー!」

 両手を兵士につかまれたまま、絵里はじたばたともがきながら、チャイナの後ろを連れていかれるが、悲鳴交じりの文句を延々と並べて抵抗し続けていた。
 やれやれ、とんだ夜ざんす、しかしこの日本人親子はひょっとすると、このどん詰まりの状況を打破する

「救世主かもしれないざんす、ほほほほほほほ……、あ、いかんいかん。」

 深夜のジャングルを包む闇の中、絵里のヒステリックな叫び声がムーソの砦に響き渡っていた。






第九章「カレン・シゥの願い」


 大和田里志は暗闇の中、粗末なスプリングのベッドの上で寝返りをした。
 身体にかけたうすい毛布からそっと両手を取り出してみる。
 顔の前に持ってきた両手は小刻みに震えている。
 そろそろ糖分を取らないと低血糖で動けなくなるかもしれない。
 どのみちヘリが墜落したときに痛めた膝が、まともな歩行が出来ないほどのものである以上、ここで動けなくなろうが何しようが、状況がそう変わるわけではないのだが。
 震える手をにぎりしめ、牢の中、唯一の明かりとりの窓を見上げる。
 幅六十センチ、高さ四十センチほどの鉄格子入りの窓が、二メートル半ほどの高さにあり、そこからは夜気が入ってくる。
 ベッドから見上げると小さく夜空が見える。
 ジャングルは湿気が多く、夜になっても綺麗な星空の日はほとんどないのだが、今日は不思議とまたたく星が見えている。
 里志は娘の絵里のことを考えていた。
 まさかこんなことになってしまうなんて、妻になんと報告をすればいいのか。
 ジャングルで別れてからこれで二晩め、何とか無事でいてくれと願うばかりである。

「……絵……里……」

 小さく娘の名前を口に出してみる。
 娘を思う父親の気持ちが、唇を強く噛ませた。
 その時、里志の入れられている牢屋のある部屋のドアが開いた。
 入ってきたのは料理をトレイにのせた老婆である。
 この老婆は地元の原住民の血を引いているようで、この基地に長いこと住んでいて、ゲリラたちの食事を担当していたと言う。
 今はもう、引退していたが、ゲリラのボスのOZ・カレイラの食事だけはこの老婆が今でも作っているそうだ。
 インディオの作る料理は、地元で取れるものを使うので非常にうまいらしい。

「ほら、夜食を持ってきたよ、食べなさいヤーポン(日本人)」

「オ、オブリガード、ありがとう」

 老婆はテーブルの上にトレイを置き、里志の起き上がるのを手伝ってくれた。

「まったく災難だったねあんたも、本当にすまないねえ」

「い、いえ…」

「あんた、糖尿病なんだろ、だいぶいけないようだね、その手を見ると……」

「……はい……」
「そう思って今日は森で採れるペート(アラゲカワキタケ)の炒め物をもってきたよ。このキノコは糖尿病によく効くんだ。インスリンに似た成分を含んでいるから、少し楽になると思うよ。肉はイグアナだから低カロリーさね。それに、今が花期で旬のカスタニアのシロップを沸かしたからね、すぐに飲みなさい、震えが止まるよ。」

「そ、そうですか、助かり……ます。」

 くしくも娘が危機を乗り越えた飲み物を、父親も同じようにすすった。
 手の震えはウソのように消えていった。
 老婆の作ってくれた料理を口に運んでみる。
 薄味なのは自分に対する配慮なのだろう。
 森で採れるというキノコは、日本のきくらげに似た食感で、噛みしめると不思議なうまみがある。
 イグアナの肉は鶏にそっくりで、あっさりとしていて臭みもない。

「う、うまい……丁度食事が必要だったんです、本当にありがとう」

「食事のことは私がいるからね、心配はせんでいいから」

「名前を聞かせていただけますか……」

「ふん、私の本当の名前はあんたには発音できないさ、みんなは私をカレン・シゥと呼んでいるがね」

「カレン・シゥ……ありがとう、カレン・シゥ」

「食べてよく休みな、今晩は何か森がざわついているような気配がする。星が見える夜は、神様が人間の罪をよく見渡せるというからね。」

「……」

 ムーソの夜は更けていく。



 食事の後もいろいろと心配事が頭をよぎり、なかなか寝付けなかった里志だが、ベートというキノコのおかげかようやくうとうとと、意識が眠りに落ち込んでいきかけていたとき、思わず部屋の外が騒がしくなってきた。
 何事かと思いドアの方を見ていると聞きなれた声が聞こえてきた。

「痛い痛い痛い、もう、放してってば、手をつかまないで、一人で歩けます、もう、キィーーーー!!」

「あたたたた、このアマ噛んだざんす、なんていうジャジャ馬娘ざんすか、おとなしく歩くざんす!!」

 まさかと言う気持ちで、身体を起こし、ドアを見つめる里志。
 次の瞬間荒々しくドアが開け放たれ、突き飛ばされるように入ってきたのは、やはり娘の絵里だった!

「もう、なんて失礼な人たちなの、いたたた……あ、お、おとうさん、おとうさーーーん!!」

「絵里、どうしてここに!!」

 牢屋の鉄格子に駆け寄る絵里。
 里志もベッドから離れ鉄格子ごしに絵里を抱く。

「ふん、散々てこずらせたざんす、大体このジャングルで都会暮らしの人間が生きていくことなんか無理ざんすよ。食料も見つけられなくてこうやってのこのこ出てくるのが関の山ざんす。
父親と一緒に牢に放り込んでおくざんす!!」

 チャイナ・エルドラドは絵里に噛まれた左腕をさすりながらわめきちらした。
 ふふん、これで人質も手に入れたしこれからの成り行きによっては

「こいつらを連れて政府の方に走ることもありザンス、にょっほほほ……い、いかんいかん」

 ごほごほと空ぜきをしながら中国人は部屋から出て行った。
 牢の扉が開くと絵里はみずから里志のもとに走りこんでいった!

「おとうさーーーーーーん!!こわかったよーー!」