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私立小田原大学准教授 葉柳俊作

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 何かを思いついたのか、急にてきぱきと動き出した俊作は急激に行動が早くなってゆく。
その様子を唖然と見ていた絵里が、おそるおそるたずねる。

「あ、あのう、何の準備をしているんですか?」

「決まっているだろう、君の父親を救出する用意をしているんだ、そうだ、君もちゃんと動いてくれなくちゃな。……んと、まずはそうだ、あの黄色のワンピースに着替えたまえ、それから」

 その後の言葉は口から出なかった。
 絵里が突然飛び掛ってきてキスをしたからである。
 たっぷり三秒間、ぶっちゅ〜とキスをした後、涙をいっぱいためた目で絵里は言った。

「ありがとう葉柳さん、大好きです!」

「あ、そ、そうですか、うけたまわっとくよ。」

「それで、どんな作戦なんですか、私にも教えてください。」

「あ、ああ、作戦はこうだ……」

しばらく身振り手振りも交えて俊作が熱心に話す。
そしてその話が進んでいくにつれて、絵里の顔から笑顔が消えていった。

「ぇええええーーーーーー、うっそぉおおおーーーーーーーーーーーーー!」
 絵里の驚愕の声が夜のジャングルにむなしく響き渡った












第八章「ムーソ エメラルド鉱山」


OZ・カレイラはいらだっていた。コロンビア政府に日本大使館員の身代金を要求したのに、うんともすんとも返事が返ってこないからだ。
慎重に計画し、ようやく成功させた作戦なのに、ヘリは墜落するわ、娘には逃げられるわ、政府は音無しだわ、何でこうすべてがうまくいかないのだ。

 なめてやがるな。

 このカレイラさまが。執念深ささではスルクク(アマゾンの毒蛇、ブッシュマスターのこと)も道をあけると言われているのを知らないのか。
 おまけに政府軍の野郎めら、一週間前、我がコロンビア解放戦線「パディランテ」の副支部、カイヤキを襲撃しやがって。
 おかげでムーソでも組織を見限って脱走していくやつらが後を絶たねえ。
 もう絶対ゆるさねえ、どいつもこいつもテルザードで八つ裂きにしてやる!
 身長が百九十センチ近くもあるOZ・カレイラは、壁に飾ってあった彼専用の八十センチも刀身のある山刀を取り上げ、木製のテーブルにフルパワーでそれを叩き込んだ。
 驚いたことに山刀は木製のごついテーブルに、二十センチも食い込んでしまった。
 カレイラの怒りでどす黒く染まった顔を見ていると、そろそろこの男とも手を切ったほうがよさそうだと、「バディランテ」唯一の中国人、チャイナ・チャン・エルドラドは心の中で思った。
主に麻薬の生産から流通、契約にいたる行程をマネージメントしていたこの中国人は、最近の反政府ゲリラの凋落振りを見ながら、計算高く勝ち組に乗り換えるにはどうすればいいかを、したたかに、かつ慎重に画策していた。
 だいたいアメリカが本格的に、麻薬撲滅に乗り出した時点で、もうすでにこんな森の中には何の用も無い。
 アメリカ国内のチャイナマフィアとの取引で、すでに莫大な財産は築いてある。
 モルジブにでも豪邸を建てて、女房子供と一緒に

「スウィートホームをつくるざんす、むひょ!」

「何を作るって?」

 山刀を突きつけられたチャイナはピンと背中を伸ばして言った。

「な、なんでもないざんす、それよりぼちぼち政府のやつらが何か仕掛けてくるざんすよ、油断は大敵ざんす。」

「ふん、うまいことごまかしやがって、どうせ麻薬で稼いだ金を持って、セイシェルあたりに別荘でも建てようって魂胆だろ、このドチビの中国マフィア野郎め!」

 モルジブざんすと心の中でベロを出しながら、大男の癖にカンの鋭いやつざんすねえと、ちいさく舌打ちした。
 そして心で思っていることを、つい口に出してしまう癖を、

「いい加減改めないと、いつか取り返しの付かないことになるざんす…あ、……ま、……またやてしまたざんす………」

 気まずい空気を追い払うように、ピッチャーの水をコップに入れて、チャイナー・エルドラドは一気に飲み干した。
 深夜も十二時をまわったのになんともやけに蒸し蒸しした夜で、そのことが更にいらだつ心を際立たせていた。 
 そのとき司令室にノックの音が響いた。

「なんだ入れ!」

 OZ・カレイラは不機嫌さを大声にこめて言い放った。
 一人の兵士が敬礼をしながら入ってきた。

「どうした、なにかあったのか。」

「はい、ジャングルの中に逃亡したと見られていた例の日本人の娘が、先ほど基地の入り口付近をうろついていたので確保しました。」

「なんだと、ふん、馬鹿な日本人だ、おおかたも食い物も水も見つけられずに、助けを求めてきたんだろう。おい、チャイナ、お前行ってこい!」

 やれやれ、せっかく酒でも飲んで、昼くらいまで寝ようと思っていたのに

「人使いの荒いボスざんす、ほんとにもう……。」

「何か言ったかきさま。」

「いやいやいやいやなんでもないざんすー、さささささ、急いでいくざんすよー、ほほほほほほほほほほほほほ!」

 大慌てで兵士を連れて出て行くチャイナを見ながらOZ・カレイラは、ジリ貧のように追い詰められつつある自分の運命を断固拒否するため、強烈なラム酒を冷蔵庫から出すと、荒々しくラッパのみで食道の奥に流し込んだ。
そして凶暴な目線で机にぶち込んだテルザードを見ながら、あの日本人親子を使ってコロンビア政府と徹底抗戦する覚悟を決めようとしていた。




基地の正面入り口の門の周りで、なにやら騒ぎが起こっていることに気付いたチャイナは小走りに歩を急いだ。
大きな正門の前に立つとチャイナは大声で開門を命じ、門の外へと出た。
そこでは当直のロドリコとテトのお間抜け二人組みが、日本人の少女となにやら取っ組み合いを演じていた。

「てめえこらテト、邪魔すんじゃねえ。おらいっぺんでええからこんなきれいな若い姉ちゃんとキスしたかったちうのに、何で止めるんだ!」

「この酔っ払いのどすけべおやじめ、その女はOZ・カレイラが捕獲を命じていた日本人の娘っ子だ、下手に手ぇ出すと、わしらがボスに殺されるのが解んねえのか、ぼけぇ!」

「放してっていってるでしょ、このうすらはげ!私に触んないで、キャーーーーー!」

ヒゲ面ではげおやじのロドリコにちゅーされそうになって、絵里は身をそらして叫び声を上げる。
その時、突然の銃声が響き渡った。

「やめるざんす、お前ら射殺するざんすよ!」

 門から出てきたチャイナは、あまりのあほらしさに辟易しながら、見張りの兵士から奪ったカラシニコフを地面に連射した!
 もめていた二人と絵里は突然の銃声に驚き、その場で背筋を伸ばして気をつけの格好で並んだ。

「ふん、ロドリコ・エステバス、お前そんなに女が抱きたいざんすか、あーん。」

 カラシニコフの焼けた銃身を顔の近くに突きつけられて、ロドリコは震え上がっていた。

「い、いや、ちょっと酔っ払っていただけでさあ、チャイナのだんな。」

 ふん、語るに落ちたやつざんす、どこの世界に酒を飲んで、見張りにたつ兵士が

「いるざんすか、いっそ殺してしまうざんすか……」

「ひ、ひぃぃーーー、勘弁して下せえ、ちゃんと仕事しますからー。」