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短編・『湯西川(ゆにしがわ)』にて 6~9

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 「あきらめていたのに、
 あなたの方から、飛び込んできたのよ。
 わかる?
 でも今の関係は、決して本当のことじゃないと思ってる。
 漠然とだけど、それはあなたも感じているだろうし
 私にしても同じように感じているわ。
 いつか、お互いの生きる目標がもっとはっきりしたら、
 別々の道を歩き出しましょうね。
 お互いの、ために。」



 「でも、今は無理。
 レイコには可哀想だけど、離さない。
 横恋慕でも、幸運が舞い込んできたんだもの、
 悪い女のままでもうすこし行くつもり。
 あとちょっとだけ、良い思い出の貯金が溜まったら
 私の方から、(たぶん)別れます。
 またどこかで、笑って会える関係のままで別れたいとも思います。
 でも今は、降ってわいたような再会をもう少しだけ
 大切にしたいとも思っているの。
 あらぁ、やばいなぁ、
 あたしったら一人勝手に全部、白状しちゃったわ・・・
 さぁて、いい女に書いてもらったことだし、
 もう出掛けて、あぶくま洞にでも行きましょうか?」



 呆気にとられるほど、切り替えの早い娘です
さっさとフロントに電話を入れると、出かける準備を始めました。
助手席の清ちゃんは移動中の車の中で、
古い言い伝えを語り始めました。

 あぶくま洞を持つあぶくま山系に残る「大多鬼丸」という、
歴史上の秘話でした。


 

 平安時代の頃、陸奥の国は朝廷が強い力で押さえつけ、
弱い立場の陸奥人を、長い間苦しめてきました。
当時、大滝根山に白銀城を築き周辺を治めていた大多鬼丸は、
困る人には食を、病に伏せば良薬を与え、
豊かな集落をつくっていました。
大多鬼丸は、いずれ朝廷に抗して大きな火を噴かねば
収まらない人物だったのです。



ある時、大多鬼丸のもとに
「汝が支配する領土や民は皆朝廷のもの。これを都に差し出せ!」
という文書が届きました。
そして、坂上田村麻呂が軍を率いてこの地に現れ、
戦が始まりました。

 地理に明るい大多鬼丸軍は、
巧みな戦術で戦い続けましたが、田村麻呂軍はやがて優勢となり、
遂に暗闇に乗じて大多鬼丸の本陣を取り囲みました。



 白銀城から鬼穴(洞窟)の中に移り、
指揮を執った大多鬼丸ですが、
とうとう力尽き、
「敵の手に捕らえられては末代までの恥辱。
わしはこの洞窟の中で果てることとする。」と決心しました。
鬼といわれた大多鬼丸は「お伴します」という妻を斬り、
返す剣で自分の首を斬りました。



 大多鬼丸軍は将の自刃を知ると、
朝廷軍に降伏して、大滝根山から続々郷に降りていきました。
田村麻呂は、勇猛に戦った大多鬼丸を惜しみ、
その首をあぶくま山系一円が展望できる仙台平の高台の大怪石のもとに
丁重に葬ったといわれています。