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短編・『湯西川(ゆにしがわ)』にて 6~9

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湯西川にて(7)素描


 旅の2日目は、そのほとんどを
部屋で過ごしそうな気配になりました。。
「21歳になった私を見たがままを、書いて頂戴」と、
テラスのガラステーブルの上に、
スケッチブックと鉛筆が用意されました。

いつの間に用意していたのでしょう。



 もともと絵は好きで、一時は桐生の繊維産業で、
織物の図柄を生み出す図案師にあこがれたこともありました。

 しかしそれは、清ちゃんが芸妓修業に入った後のことで、
絵を描くということは、
たぶん知らないと思っていたのですが・・・。
清ちゃんが大好きだという安達太良山が、
手に取るほどまじかに見ることができるホテルの
一室でした。




 「もう一年もたつと言うのに、
 ゆっくり、お話もできていないような気がするの。
 ねぇ、綺麗に書かなくてもいいけれど、
 手だけは抜かないで頂戴な。」


 普段は「鬘(かつら)」を付けているために
意識して見たことが無かった清ちゃんのうなじの辺りが、
あまりにも白く透き通っていたのを見つけて、思わず息が
止まりそうになってしまいました。



 「なにさ、いまごろ赤くなって?
 どこか変、わ・た・し。」


 黙ったまま、鉛筆だけを動かすことにしました。

 朝風呂に一時間も浸かったまま、
安達太良山を眺めてきたという清ちゃんは、
いまもまた、遠い目をしてその山容を眺めています。
デッキ・チェアーに横たわった清ちゃんは、
デッサン中だというのに
胸のポケットからサングラスを取り出しました。



 
 「覚えている?
 私が転校してきたときのこと。
 不安な気もち一杯で、教壇で紹介してもらっている時に、
 一番最初に目線が合って、笑顔をくれたのはあなたなのよ。
 2番目がレイコだった。
 覚えている?
 あなたったら、そのあとに私に向かって、
 小さく手を振ろうとしてたくせに、周りの目を気にしすぎて
 しっかり固まってしまったのよねぇ。
 ちゃんと気が付いていたわよ、あたし。」



 そう言うと、
さりげなくサングラスを、かけてしまいました。
風が綺麗に揃えた前髪を、かきあげるようにして吹き抜けても
まったく気にせずに、一つ伸びをしてから両腕を頭の後ろに組みました。
また、安達太良山に見入っています。




 「休み時間に、金木犀を見上げていたら
 がき大将の浩太君が、私に近寄るのを見て、有無を言わせず
 鉄棒の方へ引っ張って行っちゃたんだってねぇ。
 そんな話も後から、レイコから聞かされました。
 ねぇ、聴いているの、人のはなし・・・
 返事してよ、ねぇ~」


 「記憶に、ない。」



 「ふ~うん、そうなんだ。
 わたしも、運命の人だと思っていたんだけど、
 本命には、なれそうもないと気がついた。
 レイコと深くつき合うようになってから、嫌というほど
 それを思い知らされました。
 レイコったら、あんたにゾッコンなんだもの。
 それにしてもさぁ、
 こんなところをレイコに見られてしまったら、
 大変な騒ぎになってしまうわね。」



 
 鉛筆の手が止まってしまいました。
清ちゃんの白い指が伸びてきて、スケッチブックを押さえました。
そのまま覆い被さるように、
良い匂いのするショートヘヤ―が近寄ってきました。
サングラスが外されて、切れ長の黒い瞳と、
薄い紅がひかれた形の良い唇が、
ほんの10数センチにまで迫ってきました。