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充溢 第一部 第四話

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第4話・4/5


 一晩寝ずに仕事をしていれば、身体に応える。思い返せば、この工房で初めての徹夜だったのだ。

 あの時の場所は、工房から遠く離れていない広場だ。
 街には、このような、マーケットが開かれる広場が所々に用意されている。日用品はここで見つける方が手っ取り早いが、反面、出店が安定しない。しっかりした店舗の方が、露天より便利なこともある。日常の買い物ですら楽しむべき所は沢山ある。
 特にここは毎日がお祭りのようで楽しい――街の人間には日常でも、田舎育ちの人間にはそのように見えるのだ。
「おお、いつぞのお姉ちゃんじゃねぇか」
 忘れていた。忘れていたのは幸いだったのか、不幸だったのか――そう、この広場では、道化にも出会っていた。
「こりゃぁ……姉ちゃん、なんとかそれなりに道の上を歩いているな。
 折角だからこのジジイに何か食わせろ」
 こんな奴がよく牢屋に放り込まれもせずに外を歩いていられるなと、この街の治安を案じてみたが、逆に言えば、こんな奴でも生きていけるのだから、この街の治安も大したものなのだと納得もした。
「何で、あんたなんかに施してやらなければならないのよ」
「年寄りは大切にするもんだぜ」
 大袈裟に胸を張って偉ぶる。
「そう言う言葉は、敬われるような生き方をしてから言いなさいよ。
 単に時間を無駄に過ごしただけで偉くなるとでも思っているのかしら」
「相変わらず手厳しいな! 気に入ったぞ」
 貶しているのに気に入られては手に負えない。褒めれば気持ち悪がられるのだろうか?
「こっちは気に入らないわよ。
 私は、これから人を探さなければならないの、たかるつもりなら他を探しなさい」
「お前さんの捜し物ならあの辺りにいるさ……」
 弱々しい手つきで広場の一角を指さす。
 つられてその方向を見る。あの病的な顔は間違いない――視野は瞬間狭窄し、その部分を拡大した。
 振り返れば、道化が居ない。娘の顔が向けられるのを見ると、人混みの中を跳梁して消えていったのだ。


 声を張り上げ、エリザベッタの名前を叫ぶ。
 雑踏にかき消されているのか、まさか自分を探す者がいるものかと気にしていないのか、女は一向に振り返らない。
 人をかき分け、追いつこうとするところで、人の流れは分かれ、また近づいては遠ざかる。
 隣の街区に入った頃、ようやく追いついた。
「もしもし、エリザベッタ様ですね?」
「まさしく――貴方は?」
 女は不思議そうな顔をする。貴族の女が、身も知らずの小娘に名前を呼ばれるのだから無理もない。
「失礼しました。私、スィーナー・ベー……スィーナー・ブランデスと申します。
 ポーシャ様をお探していると……」
 初めて日と、寸分も違わぬ毛羽立ちのある言葉で答えた。
「いいえ。私の可愛い娘は、フランチェスカですわ。
 銀色の髪の灰色の美しい目をしているの。
 人違いでは御座いませんか?」
 スィーナーは固まった。全然違う。ポーシャの髪は栗色だし、瞳は深い紺色だ。
 無礼に謝罪し別れた後は、一歩も動けなかった。
 往来の真ん中で、思考すら停止していた。
作品名:充溢 第一部 第四話 作家名: