表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(中編)―
極上の笑顔で、俺を見送っていた。
全く。
こいつは、本当に鋭い。
そして何より、優しい。
更に、誰よりも、強い。
俺は、レンの精一杯の気遣いに。
「いってきます。」
ただいまを言うために、そう返した。
「えー、ノヴァと神議会に関することは、以上です。何か質問は?」
一時は荒れかけた会議も、滞りなく進み、いよいよ最終段階に差しかかろうとしていた。
質問者はいなかったので、明日の作戦会議に取り掛かる。
「では。これより、明日の作戦について説明します!」
微妙に緩んでいた空気が、引き締まった。
「まず、明日は、全ての人員を本部に集めます。」
少し動揺が奔るが、続ける。
「明日、襲撃があるとすれば、防衛戦は非常に辛い戦いとなるでしょう。複数の建物を守っていたのでは、指揮が執りきれません。ですから、他の施設は放棄するつもりで、最初から拠点防衛のみに重きを置きます。」
「具体的な作戦は?」
「まず、明日の準備として、武器、弾薬の類を、全てこの関東支部拠点に集約してもらいます。これは、会議が終了した後、直ちに取り掛かってください。次に、各施設に関してですが。」
そこであたしは、一拍置く。
「各施設は、本日のうちに武器弾薬を全て運び出し、通常時と変わりなく開けておくこと。ただし、各施設の施設長室には、仕掛けを施しておいてください。」
「仕掛けとは、なんですか?」
「施設長室の扉が開けられると同時に、施設そのものが吹き飛ぶ程度の仕掛けをしておきなさい。」
ざわっ、と。
決定的な動揺が奔った。
「静かに!施設をそのまま捨て置いては、敵に占拠され、そのまま敵のアドバンテージとなってしまいます!ですから、爆破し、あくまで敵の手に渡らないようにするのです!次の施設の目処はついていますから、心配は要りません!」
これはハッタリだが。
明日、アークの全隊員は、警察機関によって拘束される。
施設の行く末なんて、気にかける必要もない。
「全ての武器をここに集約し、他の全施設には先ほど説明した仕掛けを施し、そのまま放置してください!」
しかし、ハッタリでも、彼らはそれがハッタリであることを知らない。
だから、あたしの言葉で、落ち着きを取り戻したようだ。
「各自の作業が終わり次第、全隊員は流れ解散。以後は自由行動とします。明朝五時までに、この拠点に集合。明日の具体的な動きは、そこで指示します。何か質問は?」
「移動させた武器等の保管場所は?」
「うっかり爆発しないようにしとけば、後は適当でいいわ。ただし、一階には置かないで。置くなら二階以上にしなさい。階層が上がるほど比重を上げてね。」
ほかには?と聞いても、質問者はいないようだった。
「じゃあ、指示の通り行動を。以上解散!」
あたしの敬礼に合わせて、全員が敬礼をかえした。
家に戻ると、ゆりたちも既に戻っていた。
「あ、お兄ちゃんお帰り!」
「遅いわよ。病院でいつまでいちゃついてるつもりだったのよ。」
「誰がいちゃつくんだよ誰が。」
「あんたと蓮華以外に誰がいるのよ。」
「あのな、ゆり。俺は時と場所を弁えるんだよ。」
「時と場所を弁えたらやるんだ。」
「……………。」
「あはは、紫苑の負けなの。」
「まぁ、ゆりに勝とうなんて、無理な話っすねー。」
「でも、私は時も場所も弁えないの!」
「ちょ、耀!あんた思い出したかのように!」
「ふっふ~ん。雫ちゃんも混ざりなよぅ。」
「や、ヤダぁ~!!」
「ほらほら逃げるなぁ~。」
「来ないでー!!」
「雫ちゃんも混ざるのー!」
「やめてー!!」
「……この隙に逃げるのが得策ね。」
「酒でも持ってくるか。」
「いいわね。礼慈、手伝って。」
「……分かった。」
「飲むのはいいけど、二日酔いしない程度にするっすよ。」
「……………。」
何だこいつら。
どこまで好き勝手やるんだよ。
「さて、どれを飲もうかしらねぇ。」
隠し部屋のバー、その更に奥に隠されている酒蔵。
そこで、あたしは、飲む酒を選んでいた。
「んー、これとかどうだ?」
「あ、こんなのあったんだ。」
「……これとか?」
「ちょっと!それ強すぎ!」
って言うか、この家にテキーラなんてあったのね。
「思いっきり飲むのは賛成だけど、明日動けなくなったら元も子もないのよ。」
「そうだなぁ……。大量に飲んでも平気な酒となると……。薄めの日本酒か?」
「……これとか?」
礼慈が指差したのは、蓮華がよく飲んでいる酒だ。
「………飲んだら蓮華が怒りそうね。」
「だが、たまになら構わんだろう。」
「そう…………ね。」
飲み納め………かもしれないしね。
「じゃあ、これとこれとこれと………あと、この辺も欲しいな。」
「……ぼくはこれを。」
「あと、あの連中はこれとこれ、かしらね。」
「………結構重いな。」
「とりあえず、礼慈は先にこれだけ持って戻って。あたしと煌は、ちょっと用事があるから、輝と紫苑を使って運ばせておいて。」
「……了解。」
礼慈はそのまま、外に戻って行った。
そして、あたしと煌は、二階に上がる。
酒蔵の中にある、螺旋階段を上って。
螺旋階段を上りきると、そこには、鋼鉄製の分厚い扉がある。
「煌、開けてくれる?」
「ああ。」
銀行の金庫にあるような、あの丸いハンドルがただの家にある光景は、冗談のようだ。
その扉はあまりにも重いため、あたしには動かせないのだ。
だから、煌がいるのだ。
「よっ、と。」
ギギギギギィ、と、またも冗談のような重い音を立てて扉が開く。
ここは、我が家の隠し金庫だ。
いや、隠しすぎだろうという突っ込みはさておき。
ここには、我が家の『ヤバイ物』が隠されている。
酒なんか目じゃないほどのものが。
例えば、銃器とか。
グレネード搭載の銃とか。
いや、この部屋が見つかったら、本気でヤバイ。
警察に捕まるどころの騒ぎじゃすまない。
多分公安に捕まって、闇に消されるコースまっしぐらだ。
恐らく、雫ちゃんや蓮華、それに紫苑まで消されるだろう。
「これをどうにか運び出したいわね。」
「全部か?」
「ええ。混乱に紛れて処分してしまいたいから。」
「……車でも回すか。」
「運転できるの?」
「偽造免許もある。」
「そう。じゃあ、明日朝一で車を回して。」
「分かった。」
「それと、明日、車を取りにいく時、これを支部長室の金庫にしまっておいて。」
あたしが取り出したのは、一つのトランクだった。
「それは……使うのか?」
「ええ。明日、使うわ。」
「分かった。」
とりあえず、これでよし。
煌の部屋にこのトランクを持っていって、あとは、明日の朝、ここら辺にあるものを梱包すればいい。
「あんたは朝、4時には車を取りに行ってくれるかしら?武器をしまうケースも、ありったけ持ってきて頂戴。5時までには全部積み込んで、拠点に向かうわ。」
「了解。」
「さて、と。」
これであたしたちの、今日の下準備は終了だ。
「じゃ、最後の晩餐、楽しみますか。」
「えー、大体こんな感じで、明日は大きな騒動になることが予想されます。各自、本日はよく休み、明日に備えてください。他に質問がなければ、本日の会議はこれで終了です。質問は?」
「ありません。」
作品名:表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(中編)― 作家名:零崎