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シログチ

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 悦雄が仕掛けを海中に放った。青とも緑とも言えない海面は太陽が反射し、生命の営みを感じさせる。それは目が眩みそうな欲しいほどきらびやかで、一時たりとも同じ形を留めてはいない。
「僕は受験勉強のために家庭が、学校生活が壊れていくような気がしてならないんだ。中学受験も水に流していいかな?」
 竿先を見つめていた良雄がボソッと呟いた。
「んー」
 悦雄と房子が顔を見合わせながら言葉に詰まった。野地はそんな親子を笑いながら眺めていた。
「確かに受験で歪みが出ているのは確かだ。でもせっかくここまで頑張ったんだから、受験は頑張れよ」
 悦雄が竿を煽り、誘いを入れながら言った。
「そうねえ……」
 房子も同意する。
「私立の中学に行けば、高校受験はしなくていいんだぞ。その分、家族の時間も増える」
 悦雄が満足そうに言った。次の瞬間、竿先を見つめていた良雄の目が輝いた。
「きたっ!」
 良雄は慌ててリールを巻く。
「ちぇっ、ずるいや。お父さんだけ、いつもこんな楽しい思いをして……」
「なら、中学に合格したら、毎月、釣りに連れていってやるっていうのはどうだ?」
「家族で釣りっていうのもいいわね」
 房子が同調する。良雄のモチベーションを高めるためにも、そして、家族の絆を取り戻すためにも釣りはもってこいのようだ。
 良雄がイシモチを抜き上げた。イシモチはグウグウと愚痴を漏らしている。悦雄が鰓に鋏を入れた。
「場所変えします。仕掛けを上げてください」
 船長のアナウンスが響く。皆、一斉に仕掛けを上げた。
 船が微速で動き出した時、悦雄はイシモチを一匹、捌き始めた。持参したまな板の上で、小出刃包丁を使い、器用に三枚におろしていく。腹骨をそぎ落とし、血合骨のところで左右に身を分ける。
「どうだ、これがシログチの刺身だ」
「あの鮮魚コーナーのイシモチと同じ魚?」
 房子が透き通る身を覗き込みながら、尋ねた。
「そうさ。ただ、これは釣り人だけが口にできる特権さ」
 悦雄は醤油まで用意していた。
「ああ、美味しい。鯛より上等かもしれないわ。甘みがあって」
「本当だ、旨い」
 イシモチの刺身を口にした房子と良雄が、目を丸くした。
「おう、野地も食ってみろ」
 野地が恐る恐る、イシモチの刺身を口に運ぶ。だが、すぐに驚嘆の表情へと変わる。
「旨いです」
作品名:シログチ 作家名:栗原 峰幸