茶房 クロッカス その4
――彼と知り合ったのは、あの後で就職した職場だったの。
私よりずいぶん先輩で、私にとっては優しいお兄さんて感じだった。
悟郎くんに振られて私が落ち込んでいる時、真っ先に気付いて理由を聞くと、優しく私を慰めてくれたわ。
そして、それとなく私が負担に感じないようにデートに誘ってくれて、一緒に公園や遊園地や映画に連れ出してくれたの。
そんな付き合いが半年くらい続いた頃、唐突にプロポーズされたの。
でもその時の私は、まだ悟郎くんへの想いを断ち切れてなくて、ずいぶん悩んだし迷った。
だけど、そんな私の気持ちのすべてを彼は受け止めてくれて、幸せにすると言ってくれたの。
私、本当に嬉しかった。こんな私のことをそこまで想ってくれてるなんて……。
だから結局プロポーズを受けたの。
結婚してからの毎日は本当に幸せだったわぁ。――
優子は少し遠い目をして、その視線は俺の頭上を通過して行った。
――彼は仕事が終わると必ず真っ直ぐ帰って来てくれて、専業主婦になった私が作る料理を美味しいと言って食べてくれて……。
でもその頃の私は本当に大した物作れなくてね。――
「あっ、いけない! もう行かなくちゃ。お客さんと約束があるの。悟郎くんの顔見たら懐かしくって、仕事のこと忘れてたわ。ふふっ。おいくらかしら?」
「そうか、仕事の途中だったんだ。じゃあまた近い内にゆっくり話がしたいけど……、どうかな?」
俺の言葉に少し考える風にして彼女は答えた。
「そうねぇ……、私も悟郎くんのことも聞きたいし、じゃあまた近い内に寄るわよ」
「うん、そうしてくれると嬉しいよ。俺は休みなしだし、外で会うような時間もそうそう無いしな。あっ、良かったらこれ」
そう言って、急いでメモ用紙に自分の携帯番号とアドレスを書いて渡した。
「――いつでも連絡してくれていいから」
「えぇわかったわ。ありがとう」
そう言って代金を払うと、彼女は急いで店を出て行った。
お客さんとの約束の時間がよほど迫っていたのだろうが、できれば彼女の携帯番号だけでも教えて欲しかった。
それにしても、正月の初詣での願いがこんなに早く叶えられるとは……。
俺は神様に、ついでに親父とお袋にも心から感謝した。
作品名:茶房 クロッカス その4 作家名:ゆうか♪