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茶房 クロッカス その4

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 その夜俺は、食事も風呂も片付けも全て済ませてから優子に電話した。
 その方が落ち着いてゆっくり話せるし、優子との会話の余韻を抱いて眠れる。
 そう考えたからだった。

 呼び出し音が鳴る。ワンコール、ツーコール、スリーコールで優子が出た。
「もしもし〜悟郎くん?」
「あぁ、優子、今、平気かぃ?」
「えぇ、大丈夫よ。どうしたの?」
「いゃー、ちょっと聞きたいことがあってさ。娘さんのことだけど……」
「ん? 娘がどうかした?」
「優子さぁ、娘さんがどこで働いてるか知ってる?」
「えっ!? どこでって……、駅前の喫茶店って聞いてるけど……。あっ、そう言えば、その店のマスターって人が面白い人らしいのよ! うふふ……」
「………ぅ」
「あれっ? 悟郎くん、どうかした?」
「う、うーん、あのぅ、娘さんの名前ってまさか……」
 俺が次の言葉を言おうとした矢先、優子の後ろから聞き覚えのある女の子の声がしてきた。
「ねぇ、お母さん。誰と話してんの? もしかして……彼氏?!」
「もう、何言ってるの! 親をからかうもんじゃありません」
 優子が笑いながら答えている。
《あーーやっぱり! まさかとは思ったけど……、まさか本当にそうだとは……ハハハ》
 俺は喜ぶべきか悲しむべきか分からず、複雑な思いでただ笑うしかなかった。
「あ、悟郎くんゴメンね! 今、娘の声聞こえた?」
「あ、あぁ……」
「さっき娘の名前がどうとか言ってたけど、話してなかったかしら? 沙耶って言うのよ」
《ガーーン!!!!》
 優子の口から直接聞かされると、すでに分かっていたはずなのに、またまたショックが俺を襲った。
 俺は観念して優子に言った。

「あのさ〜、その沙耶ちゃんのことで一度ゆっくり優子と話したいんだけど、近いうちに会えないかな〜」
「えっ、えぇ……いいけど……、どうかした?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっとな……。あっ、このことは沙耶ちゃんには言わないで。頼むなっ」
 
 そう言って俺たちは次に逢う日を約束して電話を切った。
 話してる時には気が付かなかったが、携帯を置いた俺の手にはじっとりと汗が滲んでいた。我知らず緊張していたみたいだ。
 それから優子と会って話す日まで、俺は沙耶ちゃんと今まで通りに接することができるかどうか全く自信がなかった。もしかしたら、心持ち無愛想だったかも知れない。しかし沙耶ちゃんは、そんなことにはお構い無しに話し掛けてくるし、その度に俺の心臓はバクバクいっていた。
 別に何も悪いことをしているわけじゃないんだからと、自分に言い聞かせてみてもやっぱりダメだった。
 幸い毎日それなりに忙しかったから、その間だけはあまり考えなくて済んだ。
 そんな状態で数日過ごし、ようやく約束の日がやって来た。