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茶房 クロッカス その4

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《いや待てよ。沙耶ちゃんのお母さんが優子なら、沙耶ちゃんの勤め先を知らないはずないじゃないか。そうだよ! 仮にも親なんだぜ! あはは……》
「マスター、何ニヤニヤ嬉しそうにしてるんですか? 何だか気持ち悪いなぁ……」
「あ、いゃー、そのう、……何でもないよ!」
「――それより、沙耶ちゃんのお母さんにはまだ一度も会ったことないけど、以前お店に来るようなこと言ってたよなぁ。お母さん、沙耶ちゃんがここで働いてるのは知ってるんだろ?」
「あ、どうだったかな〜。確か駅前の喫茶店で働いてるとは言った気がするけど、店の名前言ったかな〜?」
 沙耶ちゃんが首を傾げて考えている。
「えっ! 言ってないの? ど、どうして?」
「だってあの時、ここに来る時にはどうせ電話してから来るって言ってたし、その時に詳しく場所を説明すればいいでしょう? だから、……言わなかったかも。うふふ」
「えっ、だって心配じゃあないのか? 娘がどんな所で働いてるかも知らないんじゃ……」
「どうして心配なんてするの? 私、毎日ここでのことをお母さんに話してるよ。もちろんマスターのことも。昔からずうーっとそうだもん! 毎日晩御飯一緒に食べながら、その日のことをお互いに話すの。だから私とお母さんの間に内諸事はないのよ。えへっ!」
「へぇー、そうなんだ。だからお母さんは、沙耶ちゃんがどこで働いてるかは知らなくても、その様子だけはちゃーんと知ってるんだね」
「えぇ、そうなの。マスターが昔の彼女のことを、今でも好きでいるってことも話したよ。えへへっ」
「えーーっ! そんなことまでぇー!? ――で、お母さん何て?」
「お母さんは『へぇー、それならそっちの方は安心ねっ』って言って笑ってたよ。うふふ……」
「ま、まじか……うぅぅぅ……」
「――あのさぁ、今まで聞いたことなかったけど、沙耶ちゃんのお母さんの名前って……」
 そこまで言って、やはり聞かない方がいいかな、と俺は少し後悔した。
「ん? うちの母の名前? 話したことなかったっけ? 優子だけど……」
「ええぇぇぇぇーーー!!」
 俺がどれほど驚いたか、その場にいた人にしか分らないだろうが……。俺は、思わずふらついて椅子にぶつかり、どこにも掴まることもできないままズッデーンとひっくり返って、思い切り腕と頭をぶつけてしまったのだ。
「イッテーーー!」
 俺は腕と頭をさすりながら起き上がった。
「マスター、大丈夫?! どうしたの? そんなに驚くなんて……」
「いや、何でも……ッッテェー…ないんだ。あーイテテッテ……」
《それにしても、沙耶ちゃんのお母さんの名前が優子で、仕事が保険……。うーん、これはどう考えても偶然じゃないよなっ。でもまさかなぁ〜。そうだ! 夜にでも優子に電話して直接聞いてみよう!》
 取りあえずそう決めた俺は、なるべく沙耶ちゃんとは今まで通りの会話をし、その後はお母さんのことは聞かないようにした。
 もし沙耶ちゃんのお母さんが優子だった場合、沙耶ちゃんは優子に恋人ができたらしいと心を悩ませているのに、さらにその相手が俺だと知ったら……うーん、沙耶ちゃんがどう思うか、俺には想像ができない。
喜んでくれるならいいが、もし「えっ! マスターじゃイヤよ!!」なんて言われたら最悪だし。ここはやっぱり、まず優子に聞いて、そして優子と相談してからにしよう。