茶房 クロッカス その4
次の日の朝のことだった。
店に来た沙耶ちゃんが、いきなりお母さんのことを言い始めた。
「ねぇマスター、うちの母ったら昨日、もう! 真夜中近くに帰って来たんですよー! こんな可愛い娘を一人にして。――どう思います?」
「えっ? そうなの?」
俺は、自分自身も昨夜遅くまで優子を引き留めたという事実があるから、何だか自分が責められているみたいで、咄嗟に返事ができなかった。
「そうなんですよー。今までにもたまには、飲みに行って帰りが多少遅くなることはあったんです。何でも幼馴染みがスナックをやってるらしくって……。でも、あんなに遅く帰って来たのは、父と離婚して以来初めてだと思う。お母さん、やっぱり好きな人できたのかなぁ……」
沙耶ちゃんの言葉の最後の方には、何だか淋しさが滲んでるように感じて、俺は気になった。けれど、言葉を飾るなんてできないから、ストレートに聞いてみた。
「沙耶ちゃん、やっぱりお母さんに恋人ができたら淋しいのかぃ?」
「うーん、正直、お母さんに恋人ができるのは本当に良いことだと思ってるよ。でも今までがずうっと二人で過ごしてきたから、何だか一人ぼっちになったような気がしちゃうんだよねぇ。でも、もしお母さんがその人と結婚ってことになったら、私にとっては新しいお父さんってことになるわけでしょう? うーん……」
沙耶ちゃんは考え込むように頬杖をついてしまった。
「沙耶ちゃん、もうそんな心配してるの? まだ恋人ができたかどうかもはっきりしてないのに、あはは……。意外とせっかちで心配性なんだな!」
「もう、マスターったら! 私にとってはとっても大事なことなんですぅ」
そう言うと沙耶ちゃんはぷぅーっと頬を膨らませた。
《ホント、沙耶ちゃんて可愛いなぁ。沙耶ちゃんが俺の娘だったら良かったのに……。うん? 待てよ、沙耶ちゃんのお母さんて、確か保険の仕事してるって言ってなかったっけ? うーん、でもまさかなぁ……》
俺は思い切って聞いてみた。
「ねぇ、沙耶ちゃん。沙耶ちゃんのお母さんて、何の仕事してるって言ってたっけ?」
「もうマスターったら……、前にも言ったでしょ!」
「あぁ、ごめんゴメン。俺が思い違いしてなければ、確か保険の仕事って言わなかったっけ?」
「なーんだ、ちゃんと分かってるじゃないですか」
「えっ! やっぱりそうだった?」
《まさか、まさか沙耶ちゃんのお母さんが優子?》
そう思うと急に動悸が激しくなってきたような気がした。
作品名:茶房 クロッカス その4 作家名:ゆうか♪