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茶房 クロッカス その4

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「その時はそう言って彼を励ましたわ。しかし、会社での彼を見る目にきっと耐えられなかったんだと思うの。その日から彼は少しずつ変わっていったの」
「最初は私の作る料理にけちをつけ、時には料理をテーブルから払い落としたりもした。でもそれだけならまだ良かったのに、次第に茶碗を投げるようになった。それも最初の内は、私に当たらないようにわざと私を避けるように投げていたのが、たまたまテーブルに当たって跳ねたコップが私の顔に当たったの。私の傷は大したことはなかったけど、顔は目立つし、一応念のため外科で縫ってもらったわ」
「でもそれからは、もう私を避けて投げるなんてことしなくなった。真っ直ぐに私を目掛けて投げるようになったの……」
「――私はもう恐ろしくて、逃げることもできなかった。だってその時の彼の形相はとても尋常ではなかったし、とても同じ人だとは思えないくらい、まるで狂気に満ちた鬼のように怖かったから……。私は小さくなって、身体を丸めて少しでも傷が少なく済むようにするしかなかったの」
「――ところが、そうこうしてる内に今度は物を投げるだけでは飽き足らなくなったのか、私に暴力を振るうようになったの。その頃には娘も父親を恐れるようになっていたわ。娘が父親を見る目に怒りを覚えて、ともすると、娘にまで暴力を振るいそうになる主人を必死で避けて私は娘を庇った。でもそれにも限界があったわ」
「私は自分の両親に相談して、親の勧めに従って実家へ娘と共に逃げたの。そうでもしないときっと主人に殺される。その時はそういう風にしか思えなかった。そして、親が中に入って、私たちは離婚したの――」

「そうか……、そんなことが……」
 優子の辛い告白を聞いても、俺にはそう言うのが精一杯だった。
《もしあの時、優子と別れたりしないで、もしあのまま付き合っていて、もしその後優子と結婚してたら……、優子は幸せになっていたんだろうか……?》
 優子との無言の時の中で俺はそんなことを考えたが……。
《――いや、そんな過去のことを今更考えて何になる。人生を、過去へ戻ってやり直すわけにはいかないんだから、過ぎてしまったことをあれこれ思うより、これからのことを考えなくちゃ! 五年後、十年後、良かったなぁと言えるために、今を、より望む未来へ向かって進む道を選択しなければいけないんだから……。そうだ! 二人のこれからを考えよう!》
 そんな風に気持ちを改めた。
 
 俺がそんなことを考えているとは知らない優子が、ようやく口を開いた。
「だから……ね。私……、男の人が怖いの。信じられないのよ! 主人の暴力によって受けた心の傷は、自分でも思ってもみなかったほど大きなものだったみたいなの」
「そうか……、そんなに……。でも、無理ないよ」
「うん。……だから離婚してからも誰とも付き合わず、ただ娘と二人だけでひっそりと暮らしてきたの。今の職場と、良いお客さんに恵まれたお陰だけどね」
「あぁ、そう言えば仕事、どんなことをしてるんだぃ?」
「ウフフ、笑わないでよ! 生命保険の営業よ」
「生命保険の……? うーんと、誰かもそんな仕事してるって言ってたなぁ。……誰だっけ?」
「だぁれ?」
「あぁ、思い出せないや。ま、そんなことはいいよ。それよりさっきの話。男が怖いって……俺も怖い?」
「うふふ、それがね、変なの」
「ウン? 変って?」
「うん、それがね、悟郎くんのことはなぜか怖いと感じないの。もしかしたら昔を知ってるからかしら?」
「そうか……、何にしても俺にとっては嬉しいことだよ!」
「私も嬉しいわ」
「じゃあさぁ、さっきも言ったけど、もう一度俺とのこと考えてみてくれないかなぁ……」