茶房 クロッカス その4
重さんたちが帰り、夕方定時で沙耶ちゃんが帰り、店を閉める時間が迫ってきて、俺は一人で片付けをしていた時、突然カウベルが呼んだ。
カラ〜ン コロ〜ン
ハッとドアの方を見ると、そこには優子が立っていた。
今日の優子は全身に星屑のベールを纏ったように、頭の天辺から足の先までキラキラと輝いて見えた。
《ドキッ!》
俺の胸がときめく音がした!
こんな年になっても、ときめくことってあるんだぁ。
まるで人ごとのように感慨に耽った。
「悟郎くん。――来ちゃった! ふふふっ」
少し恥ずかしそうに、しかし、子供みたいにはしゃいだ様子で優子が言った。
「やぁ、いらっしゃい。待ってたよ。すぐ終わるから適当に座って待ってて」
俺はそれだけ言うと、心臓の動悸を抑えつつ、急いで片付けに戻った。
彼女は俺が言った通りこの前と同じ席に座って、外のクロッカスを見ているようだった。
「優子、お待たせ! さっ、行こうか?」
「えぇ、悟郎くん。――その前に一つ聞いてもいいかなあ?」
「ん? 何だぃ? 改まって……」
「あのね。悟郎くんさぁ、あの花の花言葉覚えてる?」
優子は外の花壇を指差して言った。
俺はそれには答えず、カウンターのところまで取って返すと、店の名刺を一枚手に取り、それをそのまま何も言わずに優子の目の前に差し出した。
「ん……? 何?」
優子は頭を傾げながら名刺の表に見入った。
「裏を見て……」
俺の言葉に優子は、一体何なの? という表情で名刺を裏返した。
そして、そこに書かれた言葉を読む内、徐々に彼女の顔は咲きほころぶ桜の薄紅色に染まっていった。
そしてその視線は、繰り返し何度も文字の並びを目で追っていた。
少しして顔を上げると、潤んだ瞳で俺を見つめ、ひと言「悟郎くん……」とだけ言った。
彼女が何を言いたいのか、その時の俺には痛いほど分かる気がした。
何も言わず俺は、彼女の肩に手を掛けてぐっと抱き寄せ、彼女の頭を胸に抱き、右手でその柔らかい髪をそっと撫でた。まるで愛し子を包みけこむように……。
そして耳元でそっと囁いた。
「優子、本当に逢いたかったよ」
たぶん、ようやく出会ったあの時から、俺たちの時間は少しずつ過去に逆戻りしていたのではないだろうか……。俺たちの気持ちは、自然な流れで昔のあの頃に戻っていくような気がした。
もしかしたらそれは俺だけだったのだろうか? ――今はまだ分からないが、優子は何も言わず、ただ俺の胸に頭をもたせてじっとしていた。
しばしの抱擁の後、優子の顎にそっと手を掛け、顔を持ち上げ言った。
「そろそろ行こうか?」と。
「えぇそうね」
優子はそれだけ言うと、指先で目頭をそっと拭った。
作品名:茶房 クロッカス その4 作家名:ゆうか♪