王の光
「う、うん……」仕方なくジルはナポレオンとともにソフィーの横に立ったが、そのときに彼女の左腕がまだ機能していないことに気がついた。「左手、まだ動かないのか」
「どうってことないわよ、こんなの。移動だけなら片手でも事足りるわ。さあ、もっと頭を下げてないとぶつけるわよ」
彼女の言葉に、彼は慌てて身を屈める。それとほぼ同時に足元がぐらついたかと思うと、彼らが乗っているコクピットが上昇を始めた。そして彼らは、クイーンオンブルの内部へ入っていった。
コクピットの中は予想以上に狭かった。おそらく一人乗りを想定しているのであろうから当たり前だが、図らずともソフィーとの距離が近くなり、このような状況にも関わらずにジルは気恥ずかしくなった。
ゆっくりと、「女王」が動き始めた。地面を滑るように動くそれの操作は、一見簡単そうに見えるが、先ほど話を聞いたジルには難しいことが分かっていた。先ほどまでと比べてさらに真剣度が増したソフィーの横顔も、それを物語っている。
教会を出て、ソフィーは港から離れるようにして移動を続けた。だが、スピードは動き始めたときと変わらない。初めてザクールに乗るジルからしてみれば、もっと速く動くと思っていただけに拍子抜けだった。
「リア、無事かい」急に、コクピット前面に小さなモニターが現れた。その中には白いヘルメットが映っている。おそらくアントニオからの通信なのだろう。
「はい。民間人を保護しましたので、今からルークに戻ります」
「了解。こちらも君を援護……」
「敵です!」
アントニオの言葉を遮り、ソフィーが急に大きな声を出した。ジルがレーダーを見ると、先ほどまで映っていなかったマークが増えていた。それはレーダーの中心から少し下に位置しており、少しずつ中心に近づいていた。
「振り切ってよ!」ジルはソフィーの横顔に要求する。「EUFのザクールは速さが持ち味なんだろ!」
だが、それでも彼女はクイーンオンブルのスピードを上げなかった。それどころか、むしろ反転した。正面に、ロイナ連邦のザクールが見えた。先ほど襲われたものと形状は同じのようだ。それもまた、大型銃器を構えていた。
「やられる前にやるわ」
ソフィーは独り言のように呟くと、右手を持っていたレバーから離し、コクピットの側面にあるボタンをいくつか素早く押し始めた。同時に、コクピットの内部がガクンと揺れる。彼女が何をしていたのかは、直後に理解できた。
大きな銃声が何発も鳴り響く。ソフィーがマシンガンを撃ったのだ。しかし敵機は、彼女が撃つ直前に右へ移動して回避した。
それを追うように、彼女はマシンガンを撃ち続ける。敵が撃つ隙がないほど、彼女は回転しながら撃ち続ける。しかしそれにも限界がきた。弾切れだ。
それに気が付いた敵機が、再び銃口をジルらに向ける。思わず彼が目を瞑ったとき、再び大きなマシンガンの銃声が聞こえた。だが、クイーンオンブルに衝撃はない。そして、あの声がまたコクピットに聞こえてきた。
「リア!」
「レアル大尉……」
ソフィーが安堵している横で、ジルは目の前に映る光景をしっかりと見た。またもやロイナ連邦のザクールはバラバラになって地面へ崩れ落ちており、そしてすぐ、マシンガンを構えたヒネーテの姿が見えた。
「間に合って良かった」
「助かりました。ありがとうございます」
「今はいい。それよりも早くルークへ。敵は三機だけで攻めてきたらしい。あと一機も俺が倒す。君はその民間人を助けることだけ考えてくれ」
「……はい」
ソフィーは答えると、再び機体を動かし始めた。しかしそのスピードは、やはり先ほどまでと変わらず遅いものだった。
何かがおかしい。ここまでくると、さすがのジルも違和感を覚える。そして、一つの仮説を口にした。
「速度を上げるには、左腕が必要なのか?」
「……」沈黙はつまり、肯定を意味していた。
「なんで早く言わないんだよ! 俺がソフィーの左腕になる。どうしたらいいんだ?」
「あなたにそんなことさせられない!」
「今はそんなこと言っている場合じゃないだろ!」
ジルが叫んだと同時に、レーダーの下部に新たな機影が映った。しかしそれは、瞬く間に中心――クイーンオンブルへと近づいてくる。
またソフィーは機体を反転させた。レーダーの正体が、前に見える。地面を高速で進むそれは、先ほどまでの機体と少し違って見えた。
そしてその機体は急に動きを止めると、今までと同様に銃を構えた。だが、それはこれまでのものと違う。いわゆるバズーカと呼ばれるそれを目にし、思わずジルの顔も引きつる。
バズーカから弾が発射される瞬間を、彼は見た。今度は目を瞑る余裕さえなかったのだ。咄嗟のことながら、彼は自分の最期を悟る。だが次に彼が見たのはクイーンオンブルの前に入り込んだヒネーテの姿であり、彼が聞いたのはそのヒネーテにバズーカが直撃したと思われる音であった。