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王の光

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「機体の名前はヒネーテ。スペイン語でそのまんま、騎士って意味」苦しそうに腕を振る彼女が入っていったのは、背の高い教会だった。ジルもそれについていく。「そして私の機体が、このクイーンオンブル」
 彼女の先には、先ほど見たヒネーテと呼ばれる機体とは対照的に、真っ黒にカラーリングされたザクールがあった。
「よくこんなところに置いておけたね」
「いくらロイナ連邦とはいえ、教会を意味なく破壊することはしないわよ。ここなら安心してナポレオンを保護しに行けたってわけ。まあ、誰かさんに足止めを食らったせいで、危うく死ぬとこだったけどね」
「うっ……。それは謝るよ。あの場で聞かなくても良かったことだ」先ほどから自分の中で反省していたことだったので、彼は迷わず謝った。しかし、まだ彼の疑問は解決されていない。「でも、敵だってレーダーに機体が映れば、いくら教会といえども攻撃するんじゃ」
「あら、レアル大佐の機体がヒネーテ――騎士なのに対し、私の機体はなぜクイーンオンブル――ただの女王じゃないのでしょうか」
 クイーンオンブルを外から操作しながらソフィーは笑う。だが、ジルは「オンブル」という単語を聞いたことがなかった。簡単な英語なら分かるが、他のEU言語はまるで駄目なのだ。少し考えたが、答えが浮かぶ気配はなく、彼は諦めてソフィーに尋ねた。
「そもそも、オンブルって何さ」
「私はフランス人なのよ? オンブルもフランス語よ」そこまで言ってから、彼女は何かに気づいた様子を見せ、それから顔を曇らせた。「一応聞いておくけど、ジルのフランス語評価は……」
「……Fだよ」
「呆れた。フランス語は、英語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語とともに必修科目でしょ?」
「そんなに覚えきれないよ。英語だけで手一杯」
「……いいわ、私が今度みっちり教えてあげる」ため息をつくと、彼女は話を元に戻した。「オンブルは『影』って意味よ。さて、ではなぜ影というネームがくっついているのでしょうか」
 今度の質問は、ジルの外国語能力が低いことでお手上げになるものではないようだった。先ほどの汚名を返上すべく、今度は少し真剣に考え始めた。
 わざわざオンブルの意味を教えたことからして、「影」に関係のないことだとは思えない。だが、果たしてそれに関係のあることとは一体なのだろうか。
 しばらく考えた末に彼が出した答えは、「分からない」というものだった。
 だが、先ほどコケにされたばかりであるにもかかわらずそのような解答を言うのは、彼のプライドを大きく傷つけるものだ。まだ時間はある。ゆっくり考えればいいだろう。
――そうだ。本物の影を見れば何かヒントが……
 まさしく名案だと思われた。彼は急いで自らの足元にあるはずの影を見る。しかしそれは彼の失望を招くだけだった。明りがほとんど入ってこないこの教会内では、彼の影が存在しないのだ。真っ暗な足元を軽く踏みつけ、彼は再び思案にふける。今彼が得た情報は、「影は見えないこともある」ということだけだった。
 彼の頭に何かがよぎったのはそのときだった。彼が唯一得たヒントが、もしかしたら答えになるかもしれない。そう、影は見えないのだ。
 見えないとはどういうことか。今、彼らの前にあるクイーンオンブルは、その姿を二人に晒している。確かに見えている。視認できないということはないようだ。
 だが、ソフィーの話を聞く限りでは、ここにクイーンオンブルが存在することをロイナ連邦軍は知らない。この教会が全くダメージを受けていないこともそれを証明している。
レーダーで確認できるはずの機体に気づかない。それが意味することは、一つしか思い浮かばなかった。
「この機体は、レーダーに映らないのか」
「あら、凄いわね。ご名答よ」微笑みながら、ソフィーはクイーンオンブルの右太腿にあたる部分を強く押した。そこには何かボタンがあったようで、機体の上半身であるコクピット部分の底がストンと落ち、おそらくパイロットが座るであろうイスが現れた。「さあ、早く乗りましょう」
 そう言って、彼女はそのイスに座る。これが再び上がり、パイロットはコクピットに入ることができるのだろう。初めて見るザクールの機能に、ジルは興奮を覚えずにはいられなかった。
 ザクールの形状は人型であるが、それは本物の人間とは似て異なる。体幹・両腕・両足といった部位のみからなるその機体は、人間の本来最も大事であろう頭部を有していない。その理由はそれが必要ないからだろうが、それでもコクピットとなる体幹部分が少し膨らんで丸みを帯びていることで、それが頭部のように見えなくもない。頭から腕と足を生やしているという状況さえ無視できればの話だが。
 ジルはソフィーに近づきながら、クイーンオンブルの外見をじっくりと眺める。ロイナ連邦軍のザクールがシャープな形状をしていたのに対して、それは比較的全体に丸みを帯びている。車の形状がどれも違うように、同じザクールでも、やはりその外見は大きく異なるようだ。
「ヘルメット、返してくれる?」
 ソフィーに言われ、彼はようやく自分がずっと彼女のヘルメットを手にしていたことを思い出した。やはりこれがなければ戦闘はしにくいのだろうか。先ほど受けた攻撃により多少の傷があるのは仕方ないとして、被る分に支障はないようだった。それを確認して、彼は差し出す。だがそれが彼女に渡る直前に、彼は口を開いた。「まだ行けないよ」
「え?」
「俺はまだ何も知らない。今はさっきのように襲われる心配もないはずだろ? どうしてソフィーが軍に所属しているのか、教えてくれなきゃ困る」
 ジルの気迫に押されたのか、ソフィーは途中からしっかりと背筋を伸ばして聞いていた。そしてジルの話が終わるや否や、口を開いた。「そうね。私のせいでジルを危険な目に遭わせたわけだし……」
「説明してくれるのか?」
「ええ。でも、どこから話せばいいのか……」彼女はしばらく考え、そして話し始めた。「私の父は、軍人なのよ」
 事態が事態だけに、彼女は要点だけを話しているようだった。しかしそれでも、それがジルに与えた衝撃ははかりしれないほど大きかった。
 彼女の父親であるテオドール=ローランは、EUFの中でも優秀な軍人だった。戦時中でないにもかかわらず、三十歳になったと同時に少佐という階級を与えられたことからも、その期待度が窺える。妻を儲け、子供も生まれた。このまま平和が続く限り、彼の人生は安泰だった。
 しかし事態が一変したのは、コロンブス大公国によるアフリカへの侵略行為だった。その十年ほど前に財政破綻から崩壊したアメリカ合衆国を束ねるコロンブス大公――おそらく名前は違うだろうが、彼は自らをそのように称している。「アメリカの再発見」というものを、彼は掲げた――が財政を立て直す術として見出したのが、他の地域に対する侵略行為であったのだ。
 そのときに各国が集団的自衛権を行使し、その横暴な行動を抑制できていたらどれだけ良かっただろう。だがそのとき、EUも財政の苦しさに追われており、対応に遅れた。そのとき何よりも彼らを悩ましていたのは、コロンブスではなく、その直前に誕生した巨大な連邦国家であった。
作品名:王の光 作家名:スチール