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王の光

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「この街を守りたい気持ちは分かる。でも何よりも最優先なのはこの戦争を勝って終わらせることでしょう? そのためにはキングが必要不可欠よ」
「それはそうですけどっ」
 ソフィーにも思うところはあるのだろう。通信がジルにも聞こえていることにも気づかない様子で二人は言い争いを始めた。
 しかし、ジルにとってそれはほとんどどうでもいいことだった。彼の意識はレーダーに向いていた。幸い、敵機の襲撃はひとまず落ち着いたようで、自機の周りに敵機は存在していなかった。だがそれは、ここ以外――街の中心部に敵がいるかもしれないということだった。
 自分はこんなところで足止めを食らっている場合ではない。家族が、友人が、こうしている間にも危険に晒されている。地下のシェルターに避難しているのだろうが、それが絶対安全とは限らない。何しろ、今まで使われてこなかったのだ。
 彼女たちはまだ言い争いをしていた。おそらく自分も関係しているのだろうが、軍とこれ以上関わるのは御免だった。胸に手を当ててナポレオンが無事であることを確認すると、ジルは操縦桿を握る手に力を込める。そして小さく息を吐くと、彼は勢いよく操縦桿を前に倒した。
「なっ」
「ジル!」
 言い争いをしていた二人の声が聞こえてきたのは、ジルが二機の間を通り過ぎたあとだった。
ソフィーの顔が脳裏に浮かぶが、顔を強く横に振ってそれを消し去る。全神経を集中し、ジルは彼女たちの位置から目視できないよう建物の合間を縫っていった。レーダーから黒いマーカーが二つ消える。背後からマシンガンの銃撃音が聞こえてくることはなかった。
 どこへ向かうかは決めていた。できることならシェルターに近いところで降りたかったが、敵から狙われている機体をシェルターの近くに放置するわけにはいかない。街の人々に危険が及ぶ。幸い、レーダーによるとその目標地点付近に敵機はいないようだった。よく知った街を、あまりスピードが出すぎないように操縦する。それでも「光」の名を冠する機体は、数分で目的地へ到達した。
 形をとどめている教会を確認すると、ジルはホッとしながら機体をその中へ入れる。ザクールを入れることを想定していたのではないかと思うほど大きな入口からは、ソフィーが以前行ったのと同様、容易に入ることができた。内装も綺麗なままだ。やはり教会は攻撃しないように配慮されているのだろうか。
 最後にレーダーで敵機がまだ近くに来ていないことを確認すると、ジルは急いで機体から脱出した。服の中に押し込んでいたナポレオンを服から出して腕で抱えると、家族や友人らが待っているはずのシェルターへ走る。キングは敵の狙いだ。いつ敵が教会の方へ来てもおかしくない。
 地下鉄の入り口から地下へ降り、矢印のない道を何度か曲がる。何度か避難訓練を受けていたのが役に立った。まさか一人で来ることはないだろうと思っていたが、そのまさかが起きてしまった。
「ニャー」
 自己主張をするように、ナポレオンが鳴く。ジルは苦笑いを浮かべながら、一人ではなく、一人と一匹だなと心で訂正する。
 だが、ナポレオンが鳴いたのは自己主張のためだけではなかったようだ。それはジルもすぐに気が付いた。避難所であるシェルターが見えてきたのだ。
 入口に、銃を構えた男が数人いた。駐留軍の兵士だろうか。彼らはザクールを操縦できないが、歩兵として市民の安全を守る立場だ。万が一ここまで敵が来ても、絶対に市民を守り抜くという意志が見える。何か所かある避難所の入り口の全てに彼らがいるのだと思うと、少し安心した。彼らが警護中だということは、避難所の中が安全だということだ。
「何者だ!」
 銃を構えながら兵士が叫ぶ。一瞬驚いたが、それも彼らの仕事なのだと理解すると、ジルはポケットから学生証を取り出す。貴重品まで軍に没収されていなくてよかった。
「ジルヴェスター=クリューガーです。すみません、避難が遅れました」
 学生証を確認した兵士たちは頷くと、ジルを避難所の中へ入れてくれた。その際、他に逃げ遅れた人がいないか尋ねられたがジルは首を捻った。いないとは言い切れないが、正直分からない。
 シェルターの中は思っていた以上に広く感じた。おそらくほとんどの市民が入っているにも関わらず、まだ余裕があるようにすら感じる。多額の予算を費やしたことで一部の市民からは反対されたようだが、今はこの空間がもたらす安心感に皆が浸っているはずだ。
「お前、ジルか?」
 不意に声をかけられた。顔を向けると、そこにはクラスメートが家族といた。無事に避難できていたようだ。久しぶりの再会で思わず泣きそうになるのを、ジルは堪えた。
「避難できたのか、良かった」
「ジルこそ。心配したんだぞ」
「スマン。皆は?」
「ほとんどはここで確認できたんだけど……」
 言葉を濁される。誰か避難できていないとでもいうのだろうか。ジルは慌てて先を促した。
「誰か来ていないのか?」
「エッフェルがいないみたいなんだ。ジル、エッフェルと仲良かったよな? 見ていないのか?」
「ソフィーなら……」今俺たちを守るために戦ってるよ、と心の中で呟いてからジルは続けた。「ソフィーなら大丈夫。あいつ、フランスへ帰ってるからさ」
「そうなのか? だから学校にも来てなかったんだな。それなら良かったぜ」
 担任教師はソフィーが兵士であることを知っているであろうが、それを隠しているのだろう。その方がいい。軍と関わると余計なことにならないのは、ジルが自分の身で経験していた。
「ありがとう。じゃあ俺は父さんと母さんを探すよ」
 そう言ってクラスメートから離れる。だが、探すといっても、この人ごみの中から二人を見つけるのは至難だ。そんなときにどうすればよいのか、ジルは避難訓練で教わった通りに行動した。
 まず、入口近くにいる兵士に自分の情報を伝える。兵士がそれを兵士専用の端末に入力することで、避難所内にいる全ての兵士がその情報を共有できるのだ。
 自分の情報を伝えたジルは、しばらく待つように言われた。ジルの名前を聞いた兵士がジルの名前を聞いてすぐに端末を操作しだしたため、もしかしたら既に両親から探されているのかもしれなかった。
 ほどなくして、ジルは兵士に呼ばれた。両親が見つかったのだろうか。彼は期待しながら、兵士のもとへ向かった。
「ジルヴェスター君、ご両親が見つかったよ」
 ドアの横にいた兵士が、笑顔で言った。その様子から察するに、どうやら二人とも無事だったようだ。
 しかしそのとき、背中を誰かに押された。身体が大きく前につんのめる。それと同時に、目の前にあったドアが何故か開き、彼はそのままシェルターから外に出た。
「何する……っ!」
 体勢を整え、顔を上げる。そこで、ジルは言葉を詰まらせた。よく知った顔。金髪の女の子が、気まずそうな顔で立っていた。その横には、腰に手を当てながらジルを見つめる女性兵士がいる。その女性兵士が口を開いた。
「お久しぶり。ジルヴェスター=クリューガー君。もっとも、あのとき君は寝ていたのだけれど」
「あなたは……マリベルさん……」
「よく分かったわね。嬉しいわ」
 マリベルの表情からは微塵も嬉しさを感じない。その冷たい目で静かにジルを見つめるだけだ。
作品名:王の光 作家名:スチール