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王の光

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 背後にも兵士がいることを確認して、ジルは自分の状況を理解した。彼はハメられたのだ。両親はまだ見つかっていない。それどころか、探すことすらされていないのではないだろうか。ジルヴェスター=クリューガーという名前を聞いた兵士がまず行ったのは、脱走した者との名前の照合だったのかもしれない。
 考えられる中で最悪の状況だった。取りうる手段は一つだけ。一か八か、二人を突っ切って外に出て、再びキングで逃げることだ。
 迷うことなく、ジルは地面を蹴った。しかし、マリベルの横を通り過ぎたとき、左腕に痛みが走った。それが彼女に握られたことによるものだと気づくのに時間はかからなかった。
「離せ!」
「ダメよ」
 マリベルの力は、思っていた以上に強かった。振りほどこうとしても、がっちり掴まれた左腕は彼女の右手から離れない。
「俺が何をしたって言うんだよ!」
「機密を持ち出した。敵はなんとか撃退したけど、あんなところに放置して……敵の手に渡っていたらどうなっていたか」
「あんたたちだって、ロストクを壊したじゃないか! それなのによくも……!」
「前回と今回の戦闘での、ロストク市民の死者は知ってる?」
「え……?」
「知らないでしょうから教えてあげるわ。答えはゼロ。ケガ人はいるでしょうけど、今回も今のところ死者は確認されていない。あなたのご両親も、無事に市外へ脱出したのが確認されているわ」
「二人とも無事だったのか……」
「確かに、ロストクの街を守るのも大事よ。でも、街は壊れても最悪直すことができる。私たちがまず為すべきことは、あなたたちの命を守ることなの。そのために、今後のキーとなるであろうキングを勝手に持ち出したあなたの罪は重いわ」
 ジルの腕を掴む力が強くなった。しかし、ジルはもう彼女の腕を振り払うことは諦めていた。
「銃殺でもするってのか?」
「ええ。民間人であるあなたに対する刑罰は、おそらく銃殺になるでしょうね」
 当然かのように、悪びれることもなくマリベルが言う。その後ろでは、ソフィーが力なく俯いていた。どうやら、この罪が銃殺刑にあたることは間違いないようだった。
「キングがあれば、EUFは勝てるんだな?」
「……その保証はできないわ。でも、キングによって守られる命は少なくないはずよ」
「そうか……」
 両親は無事だった。友人たちも無事だった。そして自分の行動は、彼らを危険へと導くものだった。
「ジル……」
 心配そうにジルの名を呼ぶソフィーに、彼は笑みを浮かべながら答えた。
「分かったよ。覚悟はできた」
 困ったような顔を浮かべるソフィーを見ないようにして、ジルはマリベルに連れられて外へ出た。既に敵機はいないようだった。やはりチェスの実力は本物らしい。この程度の損害なら、すぐに復興できるだろう。市民を守ってくれたこと、これからも守ってくれることを今は感謝しよう。
 キングは教会に残されたままだった。背中に銃口を突き付けられたまま、ジルはマリベルに指示される。
「これに乗りなさい。ルークへ向かうわ。逃げようとしたら機体ごと撃ってあげるから、変な気は起こさないことね」
 おそらく彼女は本気だろう。今度は隙を見せることもないはずだ。少しでも変な動きを見せたら撃たれるのであるから、逃げることは許されない。どうせ殺されるのなら、このロストクを守るためにキングを残す方がいい。
 キングに乗り込んだジルはマリベルやソフィーとともにルークへと戻った。ロストクを守るために必死だった行きと違い、今は殺されるために操縦している。震える身体と腕でなんとか操縦を続けた。最期くらい、ソフィーにかっこいいところを見せたい。
 ルークの格納庫では、何人もの兵士がジルを待っていた。一度脱走しているのだから当たり前だろう。キングから降りた瞬間彼らに囲まれ、ジルは司令室へと連れて行かれた。
「キングに乗り脱走した、ジルヴェスター=クリューガーを連れてまいりました」
 マリベルが司令官――ソフィーの父親、テオドール=ローランに報告する。それと同時に、ジルは背中を銃口で押されて司令室へ押し込まれた。ジルの左右にはソフィーとマリベルが並んだ。
 これから裁きを下されるのだろう。もっとも、結果は分かっているが。
「君がクリューガーで間違いないな?」
「はい」
 声が震えているのが自分でも分かる。隣では、ソフィーの肩が震えていた。だが決して涙は流さない。彼女は自分のせいでこうなったのだと思っているのかもしれない。しかし、そうではない。それだけは最後に伝えなければいけない。
 そして、テオドールが再び口を開いた。
「君には選択肢が二つある。どちらがいいか選びたまえ」
 「え?」
 思わず聞き返してしまった。銃殺で決まりではなかったのか。しかも、どちらかを選択させてくれるというのだ。
「一つ目は、このまま銃殺されるというもの」
 他に処刑の方法があるのだろうか。そう疑問に思ったジルが口を開く前に、テオドールは続けた。
「そして二つ目は、チェスに入るというものだ」
「え?」
 今度はソフィーだった。父親が発した言葉に目を見開いている。マリベルも声こそ発しなかったが、同じように驚いた表情をしていた。彼女たちも知らされていないことのようだ。
「キングの情報は極秘だ。民間人に知られてはならない。ましてや、民間人である君が任務外でキングを持ち出したとなれば、それは許されないことだ。だが……」
 そこでテオドールは言葉を切った。しかし、続きの言葉は必要なかった。ジルでも、彼が何を言いたいのかは分かる。
「今回の出撃は、兵士が与えられた任務として行ったもの……」
「違うのかね?」
 ソフィーの顔を見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。それを見た瞬間、ジルの中で答えは決まった。
「違いありません。ローラン少将」
「そうか。よくぞロストクの街を守ってくれた。感謝するぞ、クリューガー二等兵」
「はっ!」
 力強く敬礼を返す。その瞬間、身体に重みを感じた。
「ジル!」ジルの身体にしがみつくように、ソフィーが泣いていた。「よかった……。でも巻き込んじゃって、ホントにごめんなさい……」
「大丈夫だよ。守ってもらうか、自分が守るかの違いだ」
「でも……」
「大丈夫だから」
 それだけ言って、まだ泣いているソフィーの両肩を掴んだ。震えているそれを支えるジルの両手も震えている。
 怖さがないわけではない。しかし、これは武者震いだ。
 ロストクが実際に襲われて、家族や友人が危険な目に遭った。自分が何もしないわけにはいかない。ましてや、ソフィーも軍人としてジルたちを守ってくれていたのだ。
 ソフィーを身体から離す。しかし、まだ身体には重みを感じていた。
作品名:王の光 作家名:スチール