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王の光

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5.標的は王


 緊急自爆装置作動。緊急自爆装置作動――。
 無機質な声がコクピットに鳴り響く中、ジルヴェスター=クリューガーはただ焦っていた。意気込んで脱出したのはいいが、すぐにこのアラームが鳴り響いたのだ。軍事の素人である彼でも、それが何を意味するのかくらいは分かる。どうすれば自爆を止められるのか。もしくは外部から自爆装置を作動されたのであれば、こちらからはどうしようもないのではないか。
「ちくしょう。なんだってんだよ……」
 確かに脱走は軍事規則違反であるだろう。しかしジルは元々民間人だ。軍事規則のことなど知らない。
 目に涙を浮かべながら、前方でのん気にあくびをしているナポレオンを見る。自爆ということは、この猫も助からないだろう。ソフィーの顔を思い浮かべ、そして彼は顔をしかめる。最期に礼を言おうと、機体のバランスを保ちながらナポレオンを抱きかかえた。
「ありがとうな……ん?」
 ナポレオンを抱きかかえた瞬間に、彼が座っていたところに赤いボタンがあるのを見つけた。いかにもなマークで、それは危険なボタンであることが示されている。
 プラスチックのカバーをスライドさせ、ジルはそのボタンを押してみた。直後、先ほどまで鳴り響いていた無機質な警告音声が止まる。
「止まった……のか?」
 冷静になって状況を確認する。プラスチックケースでわざわざカバーされた今のボタンを押して止まったということは、おそらく今のが自爆装置を作動・停止させるボタンなのだろう。
 では何故自爆装置が作動したのか。それは、その上にナポレオンがいたことから明らかだ。おそらく彼が飛び乗った際に、何らかの拍子でカバーがズレ、そしてそのまま彼の体によってボタンが押されたのだろう。
 ジルは彼の小さな体を軽く小突くと、今度はしっかりと服の中へ押し込む。首から上だけを服から出すようにして、彼を避けるようにシートベルトを装着した。
 ソフィーと一緒にロストクからルークへ向かうときも通ったアウトバーンを、今度は逆向きに走る。クイーンオンブルと違い、この機体はスピードがある。それでもジルは、バランスを崩すことなく操縦を続けていた。
 自分でもどうして操縦できるのか分からない。自動車の免許すら持っていないのだ。それでも、生き残るためにはこの機体を使って逃げなければいけない。ロストクに帰り、家族や友人に会わなければいけない。故郷が攻められていると聞いて黙って待っていることなど、不可能だった。
 逆側車線を走る車が目立つ。ロストクから逃げているのだろうか。だとすれば逃げなければいけない。反対に、ジルが走るロストク方面の車線に車の姿はない。情報がもう伝わっているのだろうか。交通規制を行っているのかもしれない。
 ジルの予想は正しかった。ルークを出てから十分ほど走ると、目の前に赤い立て看板が見えた。しかしその真ん中は開いている。ジルが近づいても、それが閉じられることはなかった。左右に分かれて敬礼をする作業員を一瞥し、軍用機のみ通行を許されているのだと気づいた。ロストクまでこのような場所がいくつあるのか分からないが、グズグズしていられない。この機体が盗まれたものであると知れたら、通してはもらえないだろう。
 さらに五分ほど走ると、見覚えのある風景が増えてきた。ロストクに近づいてきたらしい。ジルの心配は杞憂に終わったようだった。
「なんとか脱出できたみたいだな。お前もあの家に帰してや……」
 ナポレオンに向けて発した言葉を途中で止めた。直後、機体のバランスがわずかに崩れる。その理由は分かっていた。分かってしまっていた。すぐに体勢を立て直すと、操縦桿を握る手に力を込める。
 脱出には成功したようだ。しかし、まだこの脱出劇は終わっていないようだった。
 音が聞こえた方面――ロストクの街へ視線を向ける。今度攻めてきた部隊がどの程度の戦力なのかは分からない。以前のように海から来たのだとしても、そう多くはないはずだ。それでも、今の爆発音が気になった。それはロストクで戦闘が行われているということになるからだ。
 ジルは機体のスピードをさらに上げた。
 アウトバーンの出口へ近づいたときだった。一般道との境目に、見覚えのある黒いものがあった。
「あれは、まさか……」
 脱出は成功と決めつけるのは早いようだった。両手を広げ、それはジルが進むのを妨げようとする。なるほど、レーダーに映らないというのは本当らしい。機体の説明をしていたソフィーの誇らしげな顔と声を思い出した。
 その声が、キングのコクピット内に響く。クイーンから通信が入ったのだと気づくのに時間はかからなかった。以前クイーンでロストクから離脱する際に、経験していることだった。
「止まりなさい。あなた、自分が何をしているか分かっているの?」
「ソフィーこそ、俺を止める暇があるなら早くロストクに向かうべきじゃないのか」
「そういうわけにもいかないのよ」
 仕方ない。そう言わんばかりの口調だったが、はいそうですかというわけにはいかなかった。ジルとしては、ロストクが襲撃されていると聞いたからルークを抜け出したのだ。
 クイーンの右横から抜けようと、スピードを緩めることなく進む。それを防ごうとソフィーが立ちふさがるが、それでもジルは操縦桿を握り続けた。
「どいてくれ。俺の街は俺で守る」
「止まって! 本当に撃つわよ!」
 以前も見たマシンガンを構えるソフィー。このままいけばぶつかってしまうので、これがただの脅しだという保証はどこにもない。
 だが、ただ撃たれるわけにもいかない。ジルは機体の左足を浮かせてブレーキをかけると、止まった右足を軸として後ろ向きに一回転した。左足を地面に下すと同時に、今度はクイーンの左横へ向けてスピードを最大限まで上げる。クイーンの体勢が整う前に、ジルはさっさとその横を通り過ぎた。
「相手を抜き去るのは得意なんだよ、ごめんな。ナポレオンは、あの小屋に返しておく。……無事だったらな」
 それだけ言い残して通信を切ると、ジルはもう後ろを気にすることなく一般道をロストクへ向けて走り続けた。
 その間、後ろにいるはずのソフィーからマシンガンによる銃撃がなされることはなかった。
作品名:王の光 作家名:スチール