王の光
作業員の声が格納庫に響く。それに気付いた者がジルを止めようとするが、彼は全速力で駆け抜ける。時にはフェイントを入れながら、一人ずつ抜いていく。そして四人目を抜き終わったとき、キングとジルの間に人はいなくなった。
あとは誰よりも早くキングに辿り着くだけだ。しかし、ジルより早くキングの真下に一人の作業員が辿り着いた。
「止まれ! 何をしているんだ!」
「ゴール前の弱さは相変わらず……か」
思わず笑みがこぼれる。サッカーとは違い、誰かにパスをすることもできない。下手なシュートを打つしかない。
一か八かジルが正面突破を試みようとしたとき、急に目の前の作業員が驚いたような顔をした。その直後、ジルの頭上を何かが飛ぶのが見えた。
「何だ、こいつ!」
顔に飛びかかった「それ」を手で払いながら作業員が暴れる。ジルはその隙に彼の脇を通過していった。
キングの真下に辿り着くと、ジルは機体を注意深く見た。「クイーン」にはボタンがついており、ソフィーがそれを押すことによってコクピットが下りてきた。キングも同じ構造である可能性は高い。
その推測は正しかった。機体の右太腿部分にあるボタンを押すと、クイーンと同じようにコクピットがすとんと下りてきて、椅子が現れた。
「ナポレオン!」
作業員に飛びかかった仲間に声をかけ、コクピットの中に招き入れる。もちろん、勇者以外を入れるつもりはない。コクピットを下ろしたボタンと同じマークのそれを探す。作業員が近づいてくるが、間一髪でそれを見つけたジルは力一杯それを押す。コクピットは作業員を拒むように上昇し、そして機体の中に収まった。横にあるロックと書かれたスイッチをオンにする。作業員が下で太腿のボタンを押しているようだったが、コクピットが下りることはなかった。
興奮がジルを包む。軍の最新鋭機に乗り込んでいるのだ。自分が凄いことをしたのだという認識もできるようになった。
「ニャー」
「もちろんお前のおかげだよ。ありがとうな」
部屋の中に入れたつもりだったが、ジルが扉と格闘している間に抜け出したのだろうか。少なくとも、ナポレオン抜きにこの状況はない。
「ニャー」
なおも自分の活躍を誇ろうとする勇者に微笑みながら、ジルは機体を起動させる。まず彼の目に映ったのは、モニターに表示された文字だった。
「キング……リヒト?」
クイーンオンブルと対になるのだろうか。女王についていた二つ名が影だったのと対照的に、キングの二つ名は光だった。
ドイツ語なのは、これがドイツで作られていたからだろう。外国語がほとんどダメなジルにとってはおあつらえむきだった。
光とはどういう意味だろうか。影に意味があったように、光にも当然意味が込められているのだろう。だが、それが何かは分からなかった。
そしてジルはゆっくりと期待を動かす。作業員たちの安全を考えると、スピードは出せない。
「どいてくれ!」
ジルの言葉は聞こえていないだろうが、それでも作業員たちは道を空けてくれた。彼らとしても、轢き殺されるのはごめんだろう。機体を強奪するような者ならそれをやりかねないと彼らが思っても不思議ではない。
「さて、行くか」
「ニャー」
外への扉が開いたままの格納庫から出ると、ジルは一気にスピードを上げた。しかしそのスピードは思っていた以上で、バランスを崩す。彼は慌ててスピードを落として体勢を整えた。
「なるほど、光速ってことかい」
光の意味を理解したジルは口元を緩めると、再びスピードを上げた。今度はバランスを崩すことはなかった。