王の光
「行ったか」
クイーンオンブルが遠ざかるのを確認し、アントニオは少し口元を緩めた。それを追おうとする敵機の前に立ちふさがり、進路を塞いだ。
「あまり街を破壊するわけにもいかないんでね。そろそろ終わらせようか」
左腰部に収納されているロングソードを引き抜くと、アントニオはそれを敵機に向けた。ダイヤモンドで作られたこの剣に、斬れないものはない。これが本来の戦い方とはいえないが、それでも十分に性能を発揮することはできる。
本来、ヒネーテは陸・海・空の全てで運用できるよう設計された機体だった。この機体を「乗せて」海上を走ったり空を飛んだりする機体――「タツノオトシゴ(海馬)」と「ペガサス(天馬)」とともに開発され、その用途から「ナイト」の名称が与えられたのだ。だが、海馬と天馬がなくとも、単体での戦闘力で負けることはない。それは、パイロットが自分であるからだという自信に他ならなかった。
チェス部隊設立の過程で開発されたこの機体は、舞台の活躍とともに敵軍から恐れられるようになった。戦場に映える白い騎士として、そのまま「ホワイトナイト(白騎士)」と呼ばれていたのだが、それがいつしか「ホワイトナイト(白夜)」とも呼ばれるようになった。理由はただ一つ、チェスが得意とするのが夜戦であったからだ。
クイーンオンブルの開発は、夜戦を想定したものであったのはいうまでもない。黒いカラーリングは昼間こそ目立つものの、夜間はほとんど視認できない。レーダーに映らない「彼女」は、遠く離れた位置から敵機を狙撃する役割を果たしていた。その際、天馬に乗って戦闘を行うヒネーテはまさに太陽であり、寝ることもできない――すなわちずっと昼間を経験することになる――敵軍が、白夜とホワイトナイトを掛けたのだろう。二つ名が複数あるというのは変な感じがするが、光栄なこととして彼は受け取っていた。
敵機が、ヒネーテから距離をとる。そして、ヒネーテと同じく剣のようなものを右手に構えた。バズーカは先ほどので撃ち尽くしたのだろうか。どちらにせよ、接近戦は助かる。マシンガンを撃つことによって出る被害は、決して小さくない。
この機体は、明らかにこれまでの二機と動きが違った。今までに戦ってきたどの敵よりも良い動きをしているといっても過言ではないかもしれない。できることならば万全の状態で臨みたかったが、戦争とはこういうものなのだろう。与えられた状態で勝利を収めるのが義務だ。
「接近戦で騎士に挑むとは……」
防衛戦とはいえ、早急に撃退しなければならないことに変わりない。アントニオは一気に敵機との間合いをつめる。
「お手並みを拝見させてもらう」
ヒネーテが振り下ろした剣を、敵機も剣で受け止めた。両者のそれがぶつかり合う高い音が響き渡る。お互いに手の届く距離まで近づいたため、当然コクピットの中にいる人物も見える。今から手をかける者のことを知るのは、普通のパイロットにとっては苦痛になることかもしれないが、アントニオはそれを好んでいた。自分の行為に責任を持ち、それを乗り越えなければエースパイロットなど務まらないと、彼は常日頃自分に言い聞かせていたのだ。
ヘルメットを被っているために表情までは窺えないが、それでもアントニオは相手の姿を目に焼き付ける。やがて鍔迫り合いが解かれ、両者は再び距離をとった。
クイーンオンブルはもうだいぶ離れたようだ。レーダーには映らないため、正確な場所は分からないが、自分がここで敵機を撃退すれば何の問題もない。
初めてリアと会ったとき、アントニオは彼女に取り返しのつかないことをしてしまった。おそらく彼女はこのまま長い期間軍に身を置くことになるだろう。そのきっかけとなったのは、アントニオの軽率な行動であった。
今の自分にできることといえば、騎士という立場で彼女を守ることだけだ。それが消えない罪に対する、せめてもの償いであると彼は信じていた。
そのとき、敵機が再びバズーカ砲を構えた。アントニオは思わず両手でコクピットを庇う。しかしその直後に気がついた。あのバズーカには弾が入っていないはずだ。それに気がついたときには、既にバズーカを捨てて剣をヒネーテに向けながら突っ込んでくる敵機の姿が見えた。
「しまっ……」
完全に後手に回ってしまったことが、アントニオの冷静さを奪った。彼はコクピットを守っていた腕を解き、剣で応戦しようとしたのだ。当然それは間に合うわけもなく、敵機が突き出した剣がヒネーテのコクピットに刺さった。
アントニオの身体を強い衝撃が襲う。剣が刺さったのはアントニオが座る位置より少しずれていたために即死は免れたが、それでもヘルメットは割れた。おそらく頭部からも出血があるだろう。今のアントニオは、自分の軽率さを悔いることすらできない。
ただ残った本能のみで、先ほど応戦しようとした右腕を動かす。幸いにも右腕の指揮系統に破損はないらしく、アントニオが操縦した通りに右腕は動いた。そして、ヒネーテから剣を抜こうとしている敵機の腕を斬り落とした。
「まだまだあ!」
振り下ろした剣を、今度は下から上に振り上げる。敵機は慌てて後退したが、その際思わず出してしまったのであろう左腕を、ヒネーテの剣は両断した。
これで、おそらく敵機は攻撃する手段を失った。朦朧としながらもそれを感じたアントニオは、続けて攻撃することをしなかった。いや、できなかった。腕を振り下ろした後、右腕が動かなくなったのだ。おそらくどこかの回路がやられたのだろう。時間差があったことに彼は感謝した。
敵機がゆっくりと後退していき、そしてヒネーテが追わないことが分かったのか、反転してスピードを上げた。その機体が向かう先は港だ。周りに敵地がないこのロストクが攻撃されたということは当然海からだろうと思っていたが、やはりその考えに間違いはなかったのだ。つまり、水陸両用のザクールを投入してきたということになる。
――でも、どうしてロストクに……
たった三機での突入には発見されにくいメリットはあるかもしれないが、占領などを目的とした作戦は行えない。何故このタイミングでロストクが狙われたのか。しばらく考えるも、答えは出なかった。
やはり、自分に王は向いていない。頭から流れる血とともに頬を歪ませ、彼は自嘲気味に笑う。しかし、そのとき彼はロイナ連邦の狙いに気がついた。彼らの狙いは、王だったのだ。
「早く、伝えないと……」
もしかしたら、これからロストクは何度も狙われるかもしれない。アントニオは必死にロストク駐在部隊基地との通信を試みるも、それは叶わなかった。もはや何もできなくなった白い騎士は、もうその役目を終えようとしていた。
通信を諦めたアントニオは、シートに身体を預ける。それすらも、今の彼には苦痛だった。
――リア。すまないが、もう君を守れそうにない……