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The El Andile Vision 第3章

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Episode.3 揺れる心



 イサスはひどい脱力感と共に、目覚めた。
 目を開いた瞬間、一気に流れ込んできた光のあまりの眩しさに、彼はいったん目を閉じなければならなかった。
 それから彼は、光に慣れようとするかのように、今度はゆっくりと瞼を持ち上げた。
 彼は自分の置かれている状況を一刻も早く把握したいという焦りに駆られていた。
 視野がはっきりするにつれ、自分がどこかの部屋の中にいて、ちゃんとした寝台の上に寝かされていることがわかった。
 少なくとも独房でないことだけは確かだ。独房なら採光窓もなく、こんなに明るいわけがない。
 寝台にしても、下に敷布もついており、寝心地がよすぎる。
 彼は手足をそっと動かしてみて、どこも拘束されていないことを確認した。
 傷には新しい包帯が巻かれており、丁寧に手当てされた跡があった。
 まだ痛みが残る身体をおして、彼はゆっくりと半身を起こしてみた。
 すぐ傍に四角い小窓があり、そこから光が差し込んできているのだった。
 朝なのか昼なのか、相変わらず彼にはさっぱり時間感覚がなかった。
 彼は何とか記憶の糸を手繰り出そうと、努めた。
 次第に、ぼんやりと靄のかかったような記憶が、はっきりと鮮明に甦ってきた。
 ユアン・コークとのやりとり。
 女が、胸の石をもぎ取ったあの瞬間、自分の中にある何かの力を呼び覚ましたこと。
 自分でもどうしようもないくらいに激しく彼の内から力が溢れ出し、暴走を始めたこと。それを収めたエルダー・ヴァーンの白い焔……。
 胸に手をやると、そこにはいつもの堅く冷たい石の感触があった。彼はそのまま石を胸から引き出した。
 石は、鋼の鎖に通して、元通りに彼の首にかけられていた。エルダー・ヴァーンの計らいであったろうか。
 彼は何とはなしに石の深い緑の色を眺めた。石はいつもと同じように、静かで穏やかな色を見せてくれる。
(この石があれほどの力を呼び覚ますなんて――)
 イサスはそう思うと、再び体の芯が震えるのを感じた。
 自分の中に存在する、あの力。
 ――一体あれは何なのか。自分でもわからぬ大きな力の奔流が彼の体をかき回した。
 彼の意志とは全く別のところにある何かとてつもなく大きな意志の存在を思うと、彼の心は震えずにはおれなかった。
 彼はそれまで感じたことのなかった、未知なるものへの恐怖の感情に、ただ身を竦ませていた。
 ――おまえの中には、古代フェールの『力』が眠っている……
 ――私が興味を抱くのは、そのおまえの中にある力なのだ……
 突然、ユアン・コークの言葉が彼の脳裏に甦ってきた。
 ユアン・コークが自分を殺さなかった理由が、自分の持つあの力に他ならないということならば――
(……俺の中にあるあの力の存在を、なぜあいつが知っていたのか――)
 イサスの内に、漠然とした不安が渦巻いた。
 その時扉が開き、当のユアン・コークその人が入ってきた。
 ハッとイサスは息を呑み、身構えた。
 だが、ユアンは気さくな笑顔を満面に見せながら、イサスの方へ無防備に近寄ってきた。
 寝台のすぐ傍で立ち止まり、イサスを上から見下ろすと、彼は改めて口を開いた。
「ようやく、目が覚めたようだな。具合はどうだ」
 イサスは何も答えず、ただユアンに敵意を込めた視線を注ぐだけだった。
 ユアンは苦笑した。
「まあ、そんな目で見るな。おまえにこれ以上危害を加えるつもりはないし、無論、おまえを使ってザーレン・ルードに何か仕掛けようなどという気もない。私は純粋に、おまえという個人に興味があるだけなのだよ、イサス・ライヴァー。古代フェールの血を引くおまえの存在が、私をどうしようもなく惹きつけるのだ……」
 ユアンを見返すイサスの眼に、危険な光が宿った。
「――俺はおまえを殺す」
 彼は殺意に燃える眼差しを相手に注ぎながら、ただ一言そう言い放った。
 ユアンは僅かに眼を細めた。
「ザーレン・ルードのために、か。――向こうはおまえのことなどとうに見捨てているというのに。哀れなものだな」
 それを聞いた瞬間、イサスの表情に微かな感情の揺れが見られた。
 ユアンの言葉に惑わされてはいけないと思う一方で、彼の胸の中を、一抹の不安がよぎっていったのも事実だった。
 ユアンはそんなイサスの表情の変化をいかにも面白そうに眺めた。
「……嘘だと思うか。なら、本人に会って直接聞いてみるがいい」
 イサスの訝る視線を受けて、ユアンは続けた。
「これから、故州侯の大葬の式が執り行われる。その席におまえを連れて行ってやる。そうすればおまえの主人の真意がわかるはずだ。その上で、私につくかどうか、判断すればよい」
 イサスの表情に困惑が広がった。彼にはユアンの真意が汲み取れなかったのだ。
「私は既にザーレン・ルードに会ってきた。おまえのことを伝えるためだ。……だが、奴はおまえのことなど知らぬと言う」
 ユアンは相手の反応を確かめるように、一語一語をわざとゆっくりと発音した。
「わかるか。おまえは、もはやザーレンにとっては利用価値がなくなってしまったのだ。いや、むしろおまえが私の手の内にある今、おまえという存在そのものが奴には致命傷ともなり得る。恐らく、奴は何のためらいもなく、おまえを消そうとするだろう。――少なくとも、私が奴の立場なら、そうする。おまえはあまりにも多くを知りすぎているからな。おまえがいる限り、ザーレン・ルードは枕を高くして眠れぬというわけだ」
 ユアンは皮肉な微笑を浮かべた。
「奴がおまえの持つ力について、どこまで知っているかはしらぬが、やはり脅威には感じているだろう。それがこの私の手の中にあるとなれば、余計にだ。奴は――」
「……黙れ!」
 そのとき、イサスが突然、ユアンの言葉を激しい勢いで遮った。
 彼は怒りも露わに、ユアンを睨みつけた。
「いい加減なことを言うな!――ザーレンはそんな人間じゃない……!」
 ユアンは悠然とイサスの怒りに満ちた目を受け止めた。イサスのそんな反応も、とうに予測していたのだろう。
 そこには傲慢とさえ言えるくらいの、自分の考えに対する自信のほどが感じられた。
「私はおまえに無理強いするつもりはない。あくまでおまえが自分の意志で私を選んでくれることを願っている。誰もおまえを縛りつけておくことなどできないということくらい、わかっている。おまえは自由な獣なのだから」
 ユアンはそう言うと、イサスの体に手をかけた。
「――立って、歩けるか」
 イサスは反射的にその手をはねのけた。
 激しい怒りと、何かやるせない感情が彼の内部を嵐のように吹き荒れていた。
 その瞬間の彼は、自分でも気付いてはいなかったが、実はユアン・コークをそれまでのように、ただザーレンの政敵として拒絶していたわけではなかったのだ。
 それは、彼自身の心の琴線に触れる部分に土足で踏み込んでくる者に対する本能的な警戒と自衛の意識にほかならなかった。
 イサスはそのまま無理に寝台から床へ立とうとしたが、その勢いに足がついていかず、よろめいて体が前のめりに床へ崩れ落ちていきそうになった。
 それを、ユアンが横からがっしりと受け止めた。
 今度はイサスは抵抗しなかった。というより、できるだけの力がなかったのだ。