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The El Andile Vision 第3章

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 肝心の飼い主は、保身のためにさっさと見切りをつける、か。……なら、私もわざわざここまで出向く必要もなかったわけだ」
 ユアンは皮肉めいた微笑を浮かべた。
「あれを捕獲したのは私だが、他人のものである以上、そう勝手に自分のものにはできない。飼い主であるあなたに、一言許可を求めようと思ったのでね。しかし、あなたが知らぬというなら、別にどうでもいいわけだ。――とにかく、あれは素晴らしい。どこの誰があれほどまでに育て上げたのかは知らないが、あの様子では聖都の騎士にも決して引けをとらぬだろうな。殺してしまうには、あまりに惜しい。――だから、私はあの獣を、自分のものにすることに決めたよ。ザーレン・ルード。あれにはまだまだ使い道がありそうだからね」
 ザーレンは依然として何も口を開こうとはしなかった。しかし、その目の奥にはどこか激しい光がちらついているようにも見えた。
「裏切られた狼が、どれだけ危険な存在になるものか――とにかく、気をつけることだな。それに今ひとつ……」
 ユアンの目に妖しい光が瞬いた。
「あなたは知っておられたか。あの狼の中にある大きな秘密を……。古代フェールの力を――」
「古代フェールの力……?」
 初めて、ザーレンの唇が動いた。
 彼はそのとき、殆ど無意識にユアンの言葉を繰り返していた。彼の中で、確かに何か引っかかるものがあったのだ。
 イサスの胸に下げられた、あの緑碧の美しい石の輝きが彼の脳裏に微かにちらついた――
「そう、あれは古代より伝わる恐るべき魔の力だ。私は目の前でその力の発現する場面を見せてもらった。だからこそ、奴を殺さぬのだよ。あれだけ素晴らしい、世界をも御せるほどの強い力の源をおいそれと手放すわけにはいかぬのでね」
 ユアンは熱を帯びた目で、勝ち誇ったようにザーレンを見つめた。
 それを見つめていると、ザーレンはなぜか心が薄ら寒くなる思いがした。
 確かにユアン・コークは昔から野心に溢れ、人一倍上昇志向も強かったが、それにしても、今の彼の様子は尋常ではない。
 少なくとも、それまでザーレンが見知ってきたユアンとは、どこか違うように思える。
 それも、ここ数日で、突然にこのような変化が現れるとは――。
(一体どうしたというのだ、ユアンは……?なぜ、こんな妙な目をしているのか……)
 これは――
 これは――魔に魅入られた者の目だ。
(イサス……おまえは一体、この男に何を見せたというのだ――)
 ザーレンの胸の内を、戦慄の思いが駆け抜けていった。
 しかし、彼は表向きには表情を変えなかった。ただ、目の前の男を冷然と見据えるだけだった。
 ユアンがそんなザーレンの胸の内を察していたのかどうか。ただ、彼の顔に挑発するような笑みが広がった。
「――では、また後ほど、会堂でお会いしましょう。そのときには、できればあなたの大切な狼も連れて行くつもりです。飼い主に最後の挨拶をさせるために、ね」
 ユアンは皮肉交じりに言うと、次のザーレンの言葉を待った。
 しかし、ザーレンは淡白な表情で、それをやり過ごした。
 ユアンは小さく肩をすくめると、後は何も言わず、そのまま踵を返して出て行った。
 その背を見送りながら、ザーレンはしばし身じろぎもせず、その場に立ち尽くしていた。
 ユアンが出て行って間もなく、リース・クレインが急ぎ足に入ってきた。
「ザーレン様……あのお方は、何と――?」
 リースはザーレンの表情を窺いながら、さっそく問いかけた。
 しかし、ザーレンは一心に自分の考えに耽っており、最初はリースがいることにも気付いていないかのようだった。
「ああ、リース。そこにいたのか」
 ザーレンは初めて見たように、リースに視線を向けた。
 彼の視線はどこか虚ろで、焦点が定まっていないかのように見えた。
 そんなザーレンの表情がリースを不安にさせた。
「大丈夫ですか。ザーレン様。どこか、ご気分でも……?」
 心配げに声をかけるリースに、ザーレンは軽く手を振っていなした。
「いや、大丈夫だ。ただ、少し考えに耽っていた……」
「あの……まさかユアン様はイサスについて、何か言っておられたのでは――」
 リースがためらいがちに言いかけると、
「そのことだが――」
 遮るようにザーレンの言葉がかぶさってきた。
 ザーレンの厳しい表情を見て、リースはどきりとした。
「まさか、ザーレン様……」
 リースはその先を聞くのが恐ろしいような気がした。
 彼が言おうとしていることが、突然にして、はっきりと読めたのである。
 リースはその考えに、愕然と瞬いた。
(まさか、あなたは……)
 その思いを読み取ったかのように、ザーレンはリースに強い視線を向けた。
「そうだ、リース・クレイン。それが私の出した結論だ」
 そう言い切るザーレンは冷やかではあるが、どこか憂いを含んだ寂しげな顔をしていた。
(そうだ……止むを得ぬのだ。今、あいつがユアン・コークの手の中にあることが、いかに危険なことであるか。
 これは――私個人の問題ではない。イサスの中にある『何か』が、ユアン・コークの狂気に火をつけたのだ。
 あれは……もはや、人の領域を越えようとしている者の目だった。何か、違うものに憑かれた目――)
 ザーレンは一瞬固く目を閉じ、深く息を吐いた。
 次に目を開けたときには、彼はずっと冷静な面持ちで、リース・クレインと瞳を合わせた。
「そうだ、リース・クレイン。私の心は決まった」
 ザーレンの口調は、相手にも決意を促すかのような、やや強い響きを含んでいた。
「――あいつを……イサスを、殺さねばならない」