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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ヴァーミリオン-朱-

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 宙に描かれる魔法陣。
 慧夢は呪架に攻撃を仕掛けると共に、残る腕で華麗な魔法陣を描いていたのだ。
 魔法陣が激しい閃光を放った。
「光の遊戯に魅せられといい!」
 慧夢の高らかな宣言に合わせて魔法陣の?向こう側?から、歌うように清らかな〈それ〉の声が心を震わせた。
 〈それ〉の息吹は世界に花の香を運び、魔法陣の?向こう側?から翅の生えた乙女が顔を魅せた。
 七色に輝く蝶の翅を持つ乙女は愛くるしい笑顔を浮かべた。?フェアリー?と称するのが適切かもしれない。
 ?フェアリー?は死の黒土を自由気ままに飛び交い、通った大地に色取り取りの花を咲かせていった。
 瞬く間に辺り一面は芳しい花畑となり、夜だった世界に光が差しはじめた。
 絶景ともいうべき世界に生まれ変わったのだ。
 しかし、それは偽りだった。
 花々が次々と枯れて逝く。
 差しはじめていた光もどこかに消えうせ、夜の世界を紅い月華が照らした。
 そして、?フェアリー?にも異変が起きはじめていた。
 愛くるしい顔の下でなにが蠢いている。皮膚を喰い破って湧き出てくる蛆。乙女の顔は髑髏と化してしまった。
 それを見て慧夢は艶笑していた。
「ボクは光属性に躰をつくり変えられた。けどね、心は深い闇のまま。光が正義だと誰が決めた? ボクが司っているのは偽善さ!」
 慧夢は薔薇色の背徳を背負っていたのだ。
 ?フェアリー?の手は蟷螂のような大鎌に変貌し、髑髏の形相は死神を思わせた。
 耳を塞ぎたくなるような絶叫をあげて?フェアリー?が呪架に襲い来る。
「死神が俺の命を狩りに来たか……」
 邪悪な笑みを呪架は浮かべた。
 刹那、呪架の手から放たれる妖糸の戦慄。
 大鎌と妖糸が一戦交える。
 勝ったのは大鎌だった。
 けれど、呪架は動じていない。むしろ嗤っていた。
 呪架の少し前方の地面が妖しく輝いた。
 魔法陣だ!
 呪架は慧夢に気付かれぬように、地面に魔法陣を描いていたのだ。
 おぞましい〈それ〉の呻き声が世界に木霊し、怯えあがった?フェアリー?の動きが凍りついてしまった。
 〈それ〉の呻き声は大気を振動させ、花枯れた死の荒野を震えさせ、おぞましい〈死〉をこの世に解き放った。
 巨大な黒馬に似た怪物に跨る異形。黒く逞しい筋骨隆々の巨躯から伸びる太い腕の先には、投げ槍と蠍の尾でできた鞭を持っている。そして、皮膚の全くない頭蓋骨には王冠が戴いていた。
 異界の〈ゲート〉を守っていると云われる者――それが〈死〉だ。
 黒馬が嘶き前脚を高く上げ、〈死〉が槍を?フェアリー?に向けて投げつけた。
 ?フェアリー?の背を抜けて貫通する槍。
 〈死〉の雄叫びと?フェアリー?の絶叫がシンクロした。
 蠍の鞭が?フェアリー?の首を刎ねた。
 地に転がった髑髏の頭部に湧いていた蛆が干からびて逝く。?フェアリー?が〈死〉に殺された。
 慧夢は実に楽しそうだった。
「ボクもそんな子を召喚したいケド、ボクはこんなのしか召喚できないよ」
 慧夢はすでに新たな魔法陣を宙に描いていたのだ。
 魔法陣の?向こう側?で〈それ〉は〈死〉を慈しんでいた。
 黄金の風が世界に吹き込み、魔法陣から巨大な純白の翼が飛び出した。その巨大さは他を圧倒しており、〈死〉の巨躯を遥かに凌ぐ大きさだった。
 翼が大きくはためき、両方の翼が〈死〉を優しく包み込んだ。翼が〈死〉を呑み込んでしまったという方が正しいかもしれない。
 〈死〉を呑み込んだ翼は魔法陣に?向こう側?へと還っていく。
 呪架よりも慧夢が召喚においては優れていたようだ。
 両腕を広げて慧夢は歓喜に打ち震えた。
「どうだい、カッコイイだろ?」
 艶やかに嗤う慧夢は魔の手が迫っていることに気付いていなかった。
 ?純白の翼?が還った魔法陣はまだ消滅していなかった。まだ?向こう側?と?こちら側?が繋がっている。
 魔法陣の?向こう側?から蠍の鞭が放たれ、広げていた慧夢の左手首を切り飛ばしたのだ。〈死〉の最後の抵抗だった。
 慧夢は言葉では表せぬ狂気の絶叫を発した。
 鮮血が噴出す手首を妖糸で縛り上げ止血し、髪の毛を汗でぐっしょりと濡らし、玉の汗を地面に溢し続けた。
「ボクの……ボクの手がァァァッ!」
 慧夢の顔は幽鬼のように蒼白く変わっていた。
 互いに腕と手首を失った呪架と慧夢。死闘は更なる苦境に進もうとしていた。
 対峙する二人の間に死の風が吹き抜けた。
 妖糸を放とうと構えたのはほぼ同時だった。
 しかし、邪魔が入った。
「我が子が殺し合う姿はもう見たくない!」
 少女の叫び。それは記憶が欠けているはずのエリスの叫びだった。
 だが、もう遅かった。
 ひとりは妖糸をすでに放っていたのだ。
 戸惑いながらも呪架の手からは輝線が奔っていた。
 血の薔薇が花びらを散らせた。
 残っていた慧夢の腕が地に堕ちた。
 両膝を地面に付いた慧夢にエリスが駆け寄る。
「慧夢!」
 それは母の悲痛な叫びだった。
 エリスは我が子を胸に強く抱いた。
「死なないで慧夢!」
「これが母さんの温もりか……ボクも母さんと暮らしたかったよ」
 慧夢の憔悴した瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。
 すぐに駆け寄って来た呪架は無我夢中で慧夢の傷口を妖糸で止血していた。今しがたまで殺そうと戦っていた相手なのに、呪架は悲しくて胸が張り裂けそうだった。
「お兄ちゃん……ごめんなさい……」
「あははは、今さら謝られるなんてね。でもさ、お兄ちゃんっていい響きだよね。もっと普通の形で紫苑とは出逢いたかったよ」
 慧夢は呪架との死闘で大きな嘘をついていた。
 父から妹の存在を聞かされたときから、慧夢は顔も知らない妹に想いを馳せ、心から愛していたのだ。そして、妹は傀儡士とは無縁の生活を送り、母と幸せに暮らしていると夢を見ていた。
 慧夢は思わず苦笑していた。
「ボクは誰にも愛されていなかった。父さんも母さんも、愛していたのはキミだ。紫苑なんて名前をつけられたのが証拠だよ」
 紫苑は愁斗の母の名前。呪架と同じように愁斗は母を心から愛していた。だから、娘の名前に紫苑とつけたのだ。
 エリスは慧夢を抱きしめて肩を震わせていた。泣きたいのにこの躰では涙が流せなかった。
「自分の子供を愛さないはずがないでしょう。愁斗に連れられたあなたが、どんなに苦しい修行をさせられているのか、想像しただけで毎晩泣いたわ」
「父さんはスパルタだから嫌いだよ」
 悪戯に慧夢は笑ったが、顔色は優れずに徐々に生気を失っていた。
 呪架は死に逝こうとしている兄を見捨てることができず、遠くに立ち尽くしている愁斗に顔を向けた。
「お兄ちゃんを助けて!」
 涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして呪架は悲痛に叫んだ。
 慧夢も傀儡になれば助かることができる。
 しかし、慧夢の想いは違った。
「ボクは疲れたから眠りたい……今すぐにでも殺して欲しい……」
 呪架とエリスが反対の言葉を泣き叫ぶよりも早く、愁斗の手が動いていた。
 無情の煌きが慧夢の首を刎ねた。
 無機物のように地面に転がる慧夢の首を見て呪架は絶叫し、血飛沫を全身に浴びたエリスは絶句して気を失った。
 怨嗟の念が呪架の心を激しく締め付けた。
「どうして殺したッ!」