小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ヴァーミリオン-朱-

INDEX|3ページ/38ページ|

次のページ前のページ
 

 軽い声音で返事が返されるが、女帝が柳眉を寄せているのをズィーベンは見逃さない。
 ズィーベンを含むワルキューレたちも、あれがただの〈箒星〉でないことは勘付いている。そして、女帝はもっと深いところ、核心に迫るところまで勘付いているに違いない。
 女帝は宙で軽く指先を動かし、魔導の力を使って煌く線で絵を描いた。
 星マークとそこから伸びる三本の線は子供の落書きのようだった。女帝は〈箒星〉を簡単に描いたのだ。
「あの〈箒星〉は乗り物のような気がするなァ」
「宇宙船ということでしょうか?」
「SFであるでしょ、ワープ航法みたいなの。だからさ、突然現れたんじゃないかなとか言ってみたり」
「ゼクスが聞いたら喜ぶでしょう」
「だね」
 ゼクスとはワルキューレのメンバーで科学顧問を務める者の名だ。
 テレポートを行なえる魔導師が地球上にいないこともないが、それを乗り物に応用する技術はまだ完成していない。
「けど……」
 と女帝は前置いて、言葉を続ける。
「ゼクスは複雑な思いをするかもよ」
「どうしてでございますか?」
「彼女を銀河追放した装置を作ったのはゼクスだからさ」
 それは答えを導くヒントとなり、ズィーベンは〈箒星〉に乗って来た魔女の顔を思い浮かべた。
「夜魔の魔女……彼女が地球に戻って来たと?」
「そ、セーフィエルが還って来たんだよ、きっとね」
「まだ半世紀も経っておりません」
「だね。銀河追放したつもりなんだけど、これじゃあ日帰り旅行だよ」
 約四十年前、夜魔の魔女と呼ばれるセーフィエルは、女帝に叛逆した罰として地球から追い出された。そのセーフィエルが地球に戻って来たと女帝はいうのだ。
 女帝は人差し指を立てた。
「一、地球に還って来た理由はなにかなァ?」
「戻って来るということ自体が目的とも考えられますが、彼女のことでしょうから、他になにかあるかと思われます」
 女帝は二本目の指を立てた。
「二、〈箒星〉の調査は誰にさせようかなァ?」
「セーフィエルが相手ならばアインが適任かと思いますが、〈箒星〉が落下した地点は日本の領土内でございます」 
「死都東京は緩衝地帯みたいなもんだから、コッソリやれば平気じゃない?」
「では、アイン不在のワルキューレの指揮及び、帝都警察と機動警察の指揮はわたくしが行ないます」
 ワルキューレとは女帝直属の部下であり、アインはその最高責任者である。
 メンバーは女性だけの九人で構成され、戦闘要員や科学顧問、広報担当などに役職が分担されている。
 常に女帝の傍に仕えるズィーベンは、お世話役でありインペリアルガードだ。
 女帝は三本目の指を立てた。
「じゃあ三番目。〈箒星〉に関してもしも政府に報道陣が質問して来たら、いつものようにフィアに煙に巻いてもらってね」
「伝えておきます」
「そんじゃ、とりあえずまずはセーフィエルを探し出して目的を尋ねるのが第一だね」
 セーフィエルの目的はなにか?
 過去の叛逆に関することではないかと、女帝もズィーベンも危惧していた。
 その危惧はズィーベンのイヤホンに受信された、新たな情報によって現実味を帯びてきた。
 耳に取り付けられたイヤホンに軽く指先を当てながら、ズィーベンはその情報に聞き入った。
「〈箒星〉が堕ちたのは旧千代田区付近との報告が入りました」
「あちゃー、自分の娘たちを取り返しに来た可能性大だね」
「しかし、彼女たちのいる〈裁きの門〉を召喚できるのは、ヌル様とわたくしたちワルキューレのみでございます」
 セーフィエルの娘たちは〈裁きの門〉の奥にいるらしい。その門を召喚できるのは女帝ヌルとワルキューレの九人のみ。
「けどさ、セーフィエルなら召喚しちゃうかもよ」
 相変わらず軽い口調の女帝に比べて、ズィーベンの口調は重々しい。
「アインを推薦したのは帝都を守ることよりも、セーフィエル確保を優先したからでございます。この件にゼクスも当たらせましょうか?」
「ううん、それはマズイよ。少なくとも全面的にはマズイと思う。ゼクスはセーフィエルのこと慕ってたからね」
 少し前に女帝は述べている。
 ――彼女を銀河追放した装置を作ったのはゼクスだからさ。
 ゼクスという人物はセーフィエルに対して、複雑な想いが交差しているに違いない。
 突如、女帝とズィーベンの躰が揺れた。
 地震だ。
 震度三程度の弱い地震。
 すぐに地震は治まり、女帝の肩を抱いていたズィーベンが尋ねる。
「〈箒星〉が死都東京に落ちる前にも同じような地震がございましたが?」
「?メシア?クンがセーフィエルを感じて暴れてんじゃない? 彼のご先祖様だもん」
「ならば?メシア?の結界を強めた方がよろしいですね」
「だね」
 本当にそれだけなのかと、女帝は小さな胸騒ぎを覚えていた。セーフィエルが地球に戻って来ただけなのか、それとも他になにかあるのか、確証のない不安感が募る。
 イヤホンに耳を傾けていたズィーベンがため息を漏らした。
「セーフィエルとは別件なのですが、気になる事件がひとつございます」
「にゃに?」
「東京湾で巡視艇に追われていた妖物が、海上パーティーを行なっていた客船と遭遇してしまったそうでございます」
「案外普通の話だね。そんで気になる点は?」
 妖物が帝都の街で暴れることは多々ある。それが海の上に現場を変えただけの話だ。
「客船には帝都の権力者も多く出席しており、妖物を追っていた海上保安部隊との通信は途絶えました」
「妖物に全滅させられたの?」
「おそらく違います。詳しい話は連絡が半ばで途絶えてしまった為にわかりませんが、突然現れた少年らしき人物と応戦していると連絡が入ったそうでございます」
「なんかよくわからない話だね」
「情報が錯綜しておりまして、申し訳ございません。ただ、客船とも巡視艇とも連絡が取れないことだけが確かなことのようでございます」
 難しい顔をする女帝にズィーベンは話を続けた。
「テロリストの可能性も視野に入れて置いた方がよろしいかと思います」
 客船に乗っていた権力者たちを狙った犯行と妖物の襲来が重なったのか、もしくは妖物もテロリストに仕向けられたのか?
 〈箒星〉が地上に堕ちるよりも前に、ある者が?こちら側?に還って来たことを、女帝とズィーベンがまだ知る由もなかった。
 闇の傀儡師――呪架。
 しかし、予兆が因果の糸で結ばれているのならば、邂逅の時は近いかもしれない。
 ズィーベンが目を閉じて沈黙したことに女帝が気づいた。
「どうしたの?」
 尋ねる女帝にズィーベンは思案顔をする。
「悪いお知らせがございます」
「聞きたくないなァ」
「先ほどの地震は帝都全域のみに発生したものとのことでございます」
 〈彗星〉が堕ちる前の地震は夢殿の敷地内のみで起こった。
 先ほどの地震は帝都エデンの領土内のみで起こったのだ。奇怪な地震の意味することを女帝もワルキューレも心得ていた。
「それはとても悪いお知らせだねー。アインの死都派遣はちょっと待った方が良いかもね」
 地震も〈箒星〉も、すべて予兆でしかないのかもしれない。女帝は予感していた。

《2》