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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ヴァーミリオン-朱-

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第4章 光に潜む闇


《1》

 帝都を襲う地震の規模は前にも増して大きくなっている。
 〈裁きの門〉が開かれ、エリスは外へ連れ去られた。〈ヨムルンガルド結界〉の?動揺?が地震を起こしていることは間違いない。早急に対策を練らねばならなかった。
 帝都で暴れまわる妖物たちの数も先月、例年にくらべ異常に多い。すべての厄災は因果の糸で結ばれている。
 異常な事態に帝都から逃げ出す者も増えたが、他の都市で同様の事件が起きた場合を想定すれば、帝都から逃げ出す者の数は少なすぎる。これも魔導に魅入られた帝都の魔性か?
 ヴァルハラ宮殿の会議室で今日も女帝は頭を抱えていた。この会議室に連日、入りびたりだ。
「ズィーベン、今日は明るいニュースが聞きたいかなァ」
 悪いニュースはもうたくさんだ。
「アインが全面的に指揮にあたる機動警察との連携もあって、被害は予想より抑えられてございます」
「びみょー。それっていいニュースなのかなァ?」
「しかしながら、予想に反して帝都を逃げ出さない住民が多いので、そのあたりが心配かと」
「ぶっちゃけ人間なんてどーでもいいんだけど、守ってあげないと女帝の顔が立たないからねー」
 今もワルキューレのメンバーは帝都を飛び回って、事態の収拾と妖物狩りに追われている。
 元々帝都に巣食っていた妖物も凶暴化して手を焼くが、より脅威となるのは?向こう側?の存在たちだ。
 〈ヨムルンガルド結界〉などの余波を受けて、各地で発生してしまっている〈ゆらめき〉から、?こちら側?に流れ込んでくる脅威。小さな〈ゆらめき〉のため、強大な存在は?こちら側?に出ることはできないが、それでも?こちら側?で?育つ?場合もある。
 帝都の街を徘徊する銀色の野犬は?向こう側?の存在だと認定されている。発見されて野犬はすべて生まれたての仔狗だ。フェンリル大狼の末裔である。仔狗が狩られずに育てば大変なことになってしまう。
 現状で白銀の野犬よりも猛威を振るっているのは、地下から這い出てきた大海龍の幼生だ。都民の間でも噂になっている、帝都大下水道に棲むと云われるリヴァイアサンの幼生である。
 女帝は難しい顔をして、視線だけをズィーベンに送った。
「なんかいいアイディア頂戴」
「もっとも良い手は結界の強化でございます」
「?メシア?を〈裁きの門〉の奥に送り込むとか?」
 セーフィエルの血族であり、エリスの子供――慧夢。
 ズィーベンが問題を口にする。
「しかし、?メシア?は絶対に拒否をするでしょう。加えて、彼は人間との混血でございます」
「混血が純血に劣るとも限らないでしょ? 問題はそこじゃなくてさ、属性転換しているとこだよ」
「確かに光属性の?メシア?では負荷が大きく、〈闇〉の力に侵されてしまうでしょう」
「それにさ、躰は光でも、心は闇のままだよ。あっという間に〈闇の子〉に誘惑されるよ、きっと、たぶん、なんとなくだけどさ」
 帝都政府に反感を持っている慧夢が、自らの意志で人柱になるとは考えづらい。なったとしても危険な賭けなのだ。
「ところでさ、?メシア?はどうしてるの?」
 と、女帝が尋ねた。
「呪架とエリスを取り逃がしてから、夢殿の地下に塞ぎこんでしまっております」
「?メシア?はエリスが自分の母だと気付いたかな?」
「それはわかりませんが、気付いたとなれば衝撃を受けているでしょう」
「それが引きこもった理由かな。だって彼、母親はどこかで幸せに暮らしてると思ってたんでしょ?」
「はい。母も妹も平凡で幸せな暮らしをしていると、聞かされていたようでございますから」
 双子の兄妹は生まれてすぐに別々の場所で育てられた。兄の慧夢は愁斗の手で、妹の紫苑はエリスの手で、一切の交流もなく育てられたのだ。
 女帝はため息をついた。
「双子同士で戦うなんて皮肉だよねー」
 それは慧夢と呪架のことを言っているのか、それとも……?
 突然、地震が夢殿を襲った。
 また〈ヨムルンガルド結界〉が揺れている。
 地震の揺れが治まったところで女帝が愚痴を溢す。
「また不意打ちだよ。地震予知くらいできないの?」
「〈ヨムルンガルド結界〉が起こす地震は、通常の地震よりも予知が難しいと思われます」
「エリスをさっさと見つけて地震を抑えないとね。そのエリスがどこにいることやら」
「〈箒星〉がセーフィエルの本拠地である可能性は高いのでございますが、防護フィールドを破壊する術がまだ見つかっておりません」
 魔導具や魔導兵器に関する技術と知識でセーフィエルは他を凌駕している。
「ゼクスは未だに師匠を越えられないのかァ」
 女帝は呟いた。
 ワルキューレの科学顧問であるゼクスの師はセーフィエルなのだ。
 ぽんと女帝は手を叩いた。
「そうだ、アタシの戦闘用の義体は準備できてる?」
「はい、すでにゼクスから整備が終わったと連絡を受けております」
「じゃあ、ゼクスの研究所に行こうかな。彼女と顔を合わせるの一年ぶりじゃない?」
「正確には一年と八ヶ月ぶりでございます」
 同じ夢殿内にいても、引きこもりの科学者ゼクスとは顔を合わせる機会があまりない。女帝とゼクスが顔を合わせるのは義体を交換するときくらいだ。
 戦闘用の義体に女帝を乗り換える。それは女帝自ら出陣することを意味していた。
「アタシが帝都から離れると霊的バランスが崩れて大変だけど、そこら辺はみんなに頑張ってもらうとして、夢殿の管理は誰がいいと思う?」
 女帝に尋ねられズィーベンは難しい顔をした。
「アハトが良いのですが……」
「まだ帰って来てないもんねー」
「ですからフィアを夢殿に戻し、わたくしの代わりを務めさせましょう」
 女帝の傍には常にズィーベンが仕えている。帝都の外に出るときもそれは変わらない。
 どこに女帝は出かける気なのか?
 ズィーベンは聞かずともわかっている。
 死都東京だ。
「アタシら帝都の外に出るの久しぶりだね、ワクワクしちゃう」
 呑気な顔で女帝はニッコリ笑った。

《2》

 女帝が死都東京に向かった直後、入れ替わりで呪架が帝都に姿を見せた。
 向かうは帝都の中枢夢殿。
 夢殿の警備はいつも以上に厳しい。動員されている人数はいつもの倍以上はいるだろう。盲点は女帝とズィーベンが不在というところだろうか。
 今の呪架は当初の目標を失っている。エリスの復活に失敗をして、残すは帝都政府への復讐――のはずだった。けれど、それもいつしか慧夢への個人的な復讐に変わっていたのだ。
 夢殿の中に慧夢がいると呪架は考えたが、そこに乗り込むまでの作戦はない。怒りの赴くままに、呪架は正面から突っ込む気でいた。決死の覚悟はすでにできている。
 帝都政府に関わるものは皆殺しにする。
 呪架は警備兵を惨殺しながら、エデン公園の中を抜ける道を駆けていた。一本道の先には夢殿が聳えている。
 妖糸を振るい、銃弾の雨を交し、呪架はただ前だけを見て突き進んだ。
 夢殿の周りは水を張った濠と高い壁で囲まれ、上空には結界が張られている。敷地内への道は一本の架け橋のみ。
 まだ呪架の前に現れる警備兵の数は少ない。これから夢殿に近づくに連れて、この数は急激に増えていくだろう。戦いはまだまだこれからだ。
 しかし、呪架の額からは玉の汗が滲み出していた。