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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ヴァーミリオン-朱-

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 楽しいそうに慧夢が艶笑する。
「強くなったみたいだね」
「腐った世界を滅ぼすために」
 狂い腐っているのは自分ではなく、世界だと呪架は思った。だから、帝都の犬になど負けられなかった。それが双子の兄だとしても……。
 二人が互いを殺す気で戦っていることを知り、エリスは悲痛な叫びをあげる。
「血の繋がった双子がどうして争わなければいけないの!」
 この声に慧夢が耳を向けた。
「ボクたちが双子だと知っているのか?」
 ここでエリスは自分が母だとは名乗れなかった。今の自分の姿は醜い怪物だ。この姿のままでは母だとは名乗りたくなかったのだ。
 エリスに気を取られている慧夢に呪架が仕掛けた。
 右手から同時に三本の妖糸を放つ。
 慧夢の左手からも三本の妖糸が同時に放たれ、呪架の攻撃を相殺した。
「スゴイね、いつから三本放てるようになったんだい?」
 慧夢は心躍る気分だった。呪架の実力が確実に自分に近づいていると知ったのだ。
 最初に二人が出会ったとき、実力の差は雲泥だった。
 真物と我流の差が、埋まりつつある。
 しかし、呪架は大きな問題を抱えていた。
 胸を押さえ苦しそうな呪架の顔を見て、慧夢はすぐに悟った。
「キミの命も長くないな。ボクもキミと同じ道を通ったから、よく知ってるよ」
 呪架の躰は〈闇〉に侵されていた。
 よりによって慧夢との戦いの最中で痛みが全身を思うとは、こんなことでは勝てない。
 呪架は躰に鞭打って動こうとしたが、脚もいうことを聞かず、思わず地面に片膝をついてしまった。
「クソッ!」
 膝をつきながらも呪架は妖糸を振るった。
 だが、技に切れがない。
 いとも簡単に慧夢は呪架の妖糸を切り裂いた。
「その躰じゃボクに勝てないよ」
「なぜお前は同じ傀儡士なのに平気なんだ!」
「同じじゃないね。ボクは〈光〉、キミは〈闇〉だ。ボクも闇の傀儡士だったんだけどね、女帝どもに躰を造り変えられたんだ。だから命を存えた……変わりに傀儡士としての力もだいぶ衰えたケドね」
 全盛期の慧夢は今よりも強かったことになる。それは世界の脅威を意味していた。
 エリスは悲しんだ。愁斗の子供を生んではやはりいけなかったのだ。
 呪架はふらつきながら立ち上がった。
 復讐は叶わなくても、もうひとつの願いはあと少しで叶う。この戦いをどうしても切り抜ける必要があった。
 呪架が地面を蹴り上げ駆ける。
「ウアァァァッ!」
 獣のように叫びながら呪架は渾身の一撃を放つ。
 両手で同時に五本の妖糸を繰り出すことに成功した。
 だが、慧夢には及ばなかった。
 慧夢の手から〈悪魔十字〉が放たれ、六対五の妖糸が宙で激突した。
 残った一本が襲い来る。
 呪架の胸が黒い血を噴いた。
 妖糸が勢いを失っていなければ、呪架は完全に躰を割られてしまっていただろう。
 血の匂いを嗅いだ慧夢の気持ちは盛り上がる。
「ボクは血の匂いが大好きなんだ」
 今までの攻撃が遊びだったように、慧夢の手から神速で次々と妖糸が放たれた。
 呪架は必死に応戦するが、迫り来る妖糸を捌き切れない。
 腕が血を噴き、脚が血を噴き、首を軽く妖糸が撫でた。
 ついに呪架が両膝を地面についた。
 慧夢が残酷な笑みを浮かべる。
「もうお遊びにも飽きたよ」
 止めの一撃が放たれ、呪架は死を目前とした。
 刹那、呪架の前に立ちはだかる影。
 母の絶叫が呪架の耳を焼いた。
 エリスの躰を抱きかかえる呪架。
 傷は胸の奥まで達し、傷口から煌く粉が流れ出していた。
「お母さんになんてことを!」
 呪架の叫びに慧夢は耳を疑った。
「まさか、そんなはずない……この怪物がボクの……」
 唖然とする慧夢。
 狂気に駆られた呪架が慧夢に牙を剥ける。
「殺してやる!」
 まだ早い夜風が吹いた。
「エリスを助けるのが先じゃ!」
 呪架の前に立ちはだかるセーフィエル。
 それでも呪架はセーフィエルを押し倒して慧夢に飛び掛ろうとした。
 已む無くセーフィエルは呪架の躰を押し飛ばすと同時に、空間転送で別の場所に送ってしまった。
 次にセーフィエルは傷付いたエリスを抱きかかえ、慧夢の顔を見つめながら、その姿をエリスと共に消してしまった。
 残された慧夢は髪の毛を掻き毟った。
「ウォォォォォッ!」
 憤りから獣のような雄叫びをあげ、慧夢は両手を地面に付いて項垂れた。
 はじめて慧夢は人を傷つけたことを悔いたのだった。

《10》

 〈箒星〉に戻ったセーフィエルは放心状態の呪架を部屋から追い出し、ひとりでエリスのアニマを〈ジュエル〉化するために儀式をはじめた。
 二つの台の上にはエリスと傀儡アリスは寝かされている。
 セーフィエルはアリスを永遠にするために、傀儡アリスの顔を変えることなくエリスの〈ジュエル〉を埋め込む気でいた。
 部屋の外に出された呪架はドアのすぐ横に座り込んでいた。
 呪われている運命はどこまでいっても呪われているのだろうか?
 なぜこんなにも運命に翻弄されなければならないのか、呪架はこの世に生まれて来なければよかったと悔やんだ。
 永遠にも思える時間が過ぎていく。
 呪架の座るすぐ横で、ドアが開かれた。
 セーフィエルの顔を見るなり呪架は掴みかかった。
「どうなった!」
「〈ジュエル〉は埋め込んだ」
 成功したのか?
 しかし、セーフィエルの顔は死人にように暗かった。
「じゃが、傷はアニマまで達しておった……」
 セーフィエルの背後に隠れていた少女が無邪気な笑顔を覗かせた。
「ママ、この人だぁれ?」
 少女は不思議そうな顔で呪架を見て、セーフィエルの顔を見上げた。
 セーフィエルは少女の質問に答えようとしたが、声が重くて答えられなかった。
 なにがどうなっているのか呪架は理解できなかった。
「どうしたんだ、答えろセーフィエル!」
 セーフィエルは呪架に背を向けて少女の躰を抱きしめ、静かに口を開いた。
「失敗した。傷付いたアニマからエリスの想いが奪われたのじゃ。今のエリスは痴呆状態……まるで子供に返ってしまったようじゃ」
「そんな……」
 頭の中が真っ白になった。
 怒りも悲しみも、白く埋もれてしまった。
 呪架は腰が抜けたように膝から崩れ、肩を落として項垂れた。
 今まで自分がして来たことがすべて泡と消えた。
 最大の目標が失敗に終わった。
 蝕まれていく躰の中で、母が黄泉返りさえすれば、復讐は叶わなくても仕方ないと思っていた。
 だが、まだ死ぬわけにはいかなくなった。
「……クソッ!」
 怒りを吐き捨てる呪架に怯えてエリスの顔が強張った。
「ママ、このお兄ちゃん怖いよ」
 幼女のようになってしまったエリスは呪架のことを覚えていない。セーフィエルのことをママと呼び、幼い頃の記憶は断片的に覚えているのかもしれないが、完全に大人の記憶は失われているようだった。
 忘れた記憶は思い出すことができるだろう。
 しかし、失った記憶は取り戻せない。
 底知れぬ絶望感が呪架を襲う。
 そして、呪架は慧夢を心から憎み恨んだ。
 慧夢の攻撃によって傷付いたエリスのアニマ。
 復讐の相手は慧夢だった。
 慧夢だけは己の躰が朽ち果てる前に、八つ裂きにしてやらねば気が済まなかった。