舞うが如く 第1章 13~15
(15)房吉騒動・その3
師と高弟の安否を気ずかって、
村はずれで待機していた門弟たちが、
血相を変えて飛んでくる高弟の姿を見つけて、
一斉に立ち上がりました。
門弟たちは、説明を聴くまでもなく、
大事を察して、いち早く伊乃吉道場へと駆けだしました。
すでに稜線には日が落ちかかり
濃紺の空からは、闇が静かに降りてきます
夕暮れ色の黄色い光の中で、
伊乃吉の道場前の街道では、大勢が獲物を取り囲んでいました。
じりじりとその包囲網をせばめながら、
息の根をしとめようという一団の気配が漂っています。
先頭の門弟が太刀を抜き放つと、
気合とともに、その包囲陣に突進します。
「待て!」
地面に腹ばいになったままの房吉から、
短く、鋭い声が飛びました。
数発の弾丸を受け、さらに受けた刀傷のために、
房吉の全身がおびただしい鮮血で染まっています。
「もはや、無益な殺生をするでない。
ここは我ら同胞の地であり、同郷の者たちでもある。
手傷を負って動くことができないゆえ、すまぬが、戸板を頼む。
これ以上の争いは、もう無用である。
争うでない。
太刀を返してもらえば、それだけで済む事だ。
これ以上の、無用な死人や怪我人をだす必要はない」
用意された戸板に横たわり、
太刀を取り戻した房吉が
高弟二人に、静かに言葉をかけました。
作品名:舞うが如く 第1章 13~15 作家名:落合順平