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舞うが如く 第1章 8~12

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(11)中沢伊乃吉




 この頃、近隣の園原村に
中沢伊乃吉という人物がおりました。

 徳川家の剣道指南役としても知られた、
剣豪・櫛淵沖軒の孫弟子です。
壮年になってから江戸に出て、浅草で一刀流を学び
免許皆伝を受け、郷里に戻ったのちに道場を開いた人物です。

 このところの房吉の羽ぶりと
その道場の繁栄ぶりを不快に思う一人です。

 ある年の正月にのことでした。
多くの門人を引き連れて、新たに開設された房吉の道場へと
押し掛けて試合にとおよびましたが、かえって房吉に
さんざんに打ち負かされてしまいます。
無念やるかたない伊乃吉が、遺恨を温め続けます。


 この少し後に房吉が、
利根郡・平川に有る地蔵尊に、剣道の額を奉納しました。
折悪く伊乃吉が出府中に奉額したため、一言も相談が無かったことを口実に
江戸に飛脚をたてると、師匠の山崎孫七郎を招き寄せ、
房吉と勝負させようとたくらみました。
 
 山崎孫七郎は招きに応じて、早速に利根の山中に足を運びました。
伊乃吉達を従えて、深山村の房吉の自宅へと押しかけます
だがこの時、あいにくと房吉は旅行中で留守でした。

 ならばとその足で、
平川の不動尊に押しかけます。
奉納してある剣道の額を取り外し、これを破壊に取りかかります。
急を聞きつけて弟子の、宇敷鍋次郎達が駆けつけました。

 折しも伊乃吉一派が、
奉納した額に手をかけて、破壊せんとする寸前でのことでした。
ぐるりと、狼藉者たちを取り巻いた房吉の弟子たちが、
一斉に腰の太刀に手を伸ばします。


 さらに別の道場からも、
加勢の弟子たちが駆けつけてきます。
数に及んでも不利と悟った伊乃吉一派と山崎孫七郎が、
そのまま額を投げ捨てて、一目散に退散します。

 
 この失態の結果、
伊乃吉一派と山崎孫七郎の遺恨はさらに深まります。
なにがなんでも房吉に一矢を報いなければと、
収まりきらない怒りの中で、
四方八方へと子分たちを探索に走らせます。

 総力をあげた探索の結果、
房吉が妻と共に川場村にいることを、ようやくに察知いたします。
川場村は、房吉の妻「とよ」の生家です。

 伊乃吉の使いの者が川場村の房吉のもとに走り、
江戸の剣客・山崎孫七郎が面談に来ていると告げたうえで、
翌日の帰郷と、その立会いを約束させました。