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舞うが如く 第1章 8~12

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(9)爺と孫娘のように


 郷里に戻ると、
師匠の法神が、無事の帰省をことのほか喜びます。
生い立ちも年齢も不詳なままの法神翁ですが、
さすがにここ数年は、その健康も衰えぶりが隠せません。

 あれほど出歩いてきた門弟たちの指導も、
ほとんどを高弟たちにまかせて、
庵に籠っては書と墨絵に時を過ごしています。
時折訪れる琴と過ごすことが大のお気に入りで、
庭に降りては、長い時間を過ごしておりました。

 無敗を誇る天才剣士・房吉の突然の帰郷は、
利根郡全体を騒然とさせました。
早々に追貝村の海蔵寺と、平川村の明覚院に道場が設けられ、
近隣から続々と入門者が集まってきました

 さらに縁談を世話する人があり、
追貝村の星野家の養女・「とよ」と祝言をあげます。
円熟期を迎えた房吉の剣技は、
名声とともに、ますますに冴えわたりました。

 久し振りに房吉が手土産を持って、法神の庵を訪ねます。
山は新緑に映え、もう雲雀がうるさいほどにさえずる季節でした、
庵の濡れ縁で、琴と法神が書に没頭しております。

 遠目に見れば、まるで爺と孫娘のようでした

「滋養に良いということで、
自然薯などをお持ちいたしました。」

 庭先から房吉が声をかけると、
嬉しそうに法神が目を細めて振り返ります。




 「ほう~、
これは遠方よりの珍しい客人じゃ、
ほうら琴、これがいつも言う爺の一番弟子じゃ。
ご無礼が無いように、
まずは丁寧にご挨拶をいたせ。」

 声をかけられた琴が、
髪を抑え、襟周りを整えてから、
両の手を板の間に着いて、丁重に頭をさげました。

 「丁度良いところに来た。
琴、一番弟子に稽古をつけてもらいなさい。」

 はい、とにこやかにほほ笑んで琴が立ち上がります。
法神が手助けして髪をまとめ、たすきをかけた琴が、
素足のまま、薙刀を手にします。
そのまま軽やかに、つんと庭先に降り立ちました。

 
 「房吉、遠慮することはないぞ。
江戸で磨きあげた法神流を見せてやれ、
一切、手加減をするではないぞ
琴は、わしの秘蔵の弟子じゃ。」