舞うが如く 第1章 8~12
「わかった。
それでは父が急病と言う口実にて、
いそぎの里帰りということにいたしましょう。
あとは、師範代の二人に任せることといたします
手数をおかけいたしますが、万事よろしく頼みます。」
「承知いたしました。
のちほど、須田さま(栄蔵)にもお伝えいたしますので、
ここは先を急いで、お発ちください。」
簡単な身の回りのものだけを持ち、
旅支度の房吉が、その日の夜半に江戸を発ってしまいます。
ほどなく栄蔵も追いついてきて、
戸田の手前から帰郷の道づれとなります。
「襲った輩の正体は、
以前、したたかに撃退した
無頼の一派かもしれないという話でした。」
「というと、もとは片品村の武芸者で
壮年になってから江戸に出てきたという、
いわくつきの御仁たちのことか?」
「たぶん、その一派だと思われます。
確たる証拠はありませんが、
少し前よりよからぬ噂はきいておりました。」
「同郷のやっかみか・・・
油断は禁物だな、こころしておこう」
「それにこしたことは、ありませんな。」
その後、江戸の街中では、
争った跡と血のなごりはあるものの、
死人や怪我人の届け出がないために、
喧騒のあとは有れど、双方にたいした被害者もないとして、
町方の探索は「おかまいなし」と決着いたします。
しかし、火種は残ったままでした。
のちのちにまで遺恨が残り、
やがて歴史に残る大騒動にいたるのですが、
いまはまだ、そのきっかけのひとつにすぎない出来事でした。
作品名:舞うが如く 第1章 8~12 作家名:落合順平