認定猶予 -Moratoriums-
「それにしても、こんな奴についてていいの、悠花ちゃん。随分振り回されてるんじゃない?」
「――また蒸し返すのか」
積み上げた古いハードカバーの本をぱたぱたと閉じながらも意欲的に叩鍵する。少女が首を傾げる姿は可愛らしく、対して白城の方はと言うと、煙よりも苦虫を噛んだが如き表情。
「だって、どう考えても変でしょ。それに生産的じゃない。こんな冴えないおっさんのとこに居るなんて」
花壇の片隅で吸い潰された吸殻。マナー違反だとは思いつつ、彼らにそれを正す力はなかった。故に遣り方を茶化されたとしても怒りなどは覚えもせず。代わりに、
「生産性なんて最初っからねえんだよ」
言葉は独白や懺悔にも似た響きで、もう一本に火をつけた白城の顔つきに苦笑を溢す。
だから、反対に沙月は眉を下げてみせた。
「もし嫌になったら言うんだよ。僕で役に立てるかは微妙だけど、協力はするから」
本気なのか冗談なのかも判別しかねてしまう穏やかな目元と口元。謎めいた感情、どちらかと言えば、同情よりも励ましの言葉に聞こえた。
これに対する少女の『意志』はいつからか強く定められていた。
「いえ。私には他に行く場所もないですし。それに」
心配してくれる沙月の言葉を捕まえて、今までの自分の生活を振り返る。事務所のこと、外での仕事のこと、留守番のこと。自分を取り囲む世界のこと。いつだってそれは悠花を穏やかに甘やかして。
「それに、白城さんは親切なかたですから」
そして、その筆頭は誰あろう白城史朗その人に他ならない。
本心から訴える微笑。疑うこともなく信頼している表情。独りよがりの思い込みなどでは決してなかった。彼女にとっては絶対的な現実。今いる世界こそが、遠野悠花の辿り着いた場所なのだ。
「そっか」
悠花の思うところよりもずっと簡単に沙月は頷いた。もしかしたら、最初から返ってくる答えを知っていた――確信していたのかもしれない。彼女の本心を所在を、彼女の瞳の中や僅かな口元に見出しながら。
「それならいいんだ。でも、愚痴くらいならいつでも聞いてあげるからね」
余計なお世話だ、と溜息と共に、悠花の代わりに自ら名誉を挽回する白城。沙月の、にこりというよりもニヤリと形容出来るような笑みにつられて、思わず一生に付した。
彼の連れが悠花達の視界の隅に映ったのはその直後だった。仕切り代わりにテラスを囲う植え込みの向こうで、こちらに手を上げる、沙月と同年代くらいの青年の姿が見えた。
「いたいた、慧!」
応えるために片手を上げ返す沙月を、悠花は不思議そうに眺める。
「確か、沙月って名前じゃ」
ノートパソコンの蓋を閉めて立ち上がる青年。彼はなんでもない事のように頷いて、それから秘密を隠した微笑で唇の前に人差し指を立てた。
「それは仕事用の名前。厳密に言えば、昔の名前なんだ」
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと