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認定猶予 -Moratoriums-

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 立ち上る白煙を眺めながら白城は、探し人の名前や生年月日などを端的に述べた。
 ごくごく平凡な、ありふれた名前、年齢も職業も、とりたてて特異ということもない。日々の生活に疲弊してふらりと姿を眩ましたような、そんな理由が至極妥当に思える、そんな人間の話だった。
「以前はしがない会社員で、公私ともに平凡で幸せな生活を送っていたらしい。探しているのは配偶者、つまり奥さんだな。外見は中肉中背、顔つきは少しぱっとしない感じだ。写真がある」
 ノートパソコンのキーボードの上にぺらりと光沢紙を落とす。沙月はそれを打鍵の邪魔にならない場所までスライドして、数秒の間だけその『顔』を眺めた。
「詳しい素性は必要か?」
「いや。ああでも、出身地や戸籍元くらいは分かったほうが手っ取り早いね」
 それには一枚のルーズリーフを渡し、沙月はそれを見ながら情報をパソコンに取り込んでいく。
 一方悠花は、青年の指さばきを興味深げに眺めていた。結局情報屋と同じテーブルにつくことはなく、かといって周囲に開いた席もないので、短時間であれば起立したままで充分だと判断したのである。
 元々、パソコンをはじめとした電子機器は不得意だった。だから沙月のように様々な端末を使いこなす人間を見れば、目を奪われずにいられない。それに気づいてか否か、タイピングの音もしないくらい滑らかに文字が並んでいく。
「どれくらいかかりそうだ」
 お互いに、お互いの顔を見ることもないまま。運良く悠花の立ち位置からは、並木通りから向いた白城の視線と、軽く頷いた沙月の様子の両方を見て取ることができた。
「そうだね、3日もあれば充分かな。ただ、さっきも行ったように、ゼミの発表が控えてるからね。それも踏まえて1週間は欲しい」
 写真とルーズリーフをまとめて白城の側へと突き返す。知らずのうちに詰まらせていた息をふっと吐けば、その様子を偶然眺めていた白城がにやりと笑う。嗜められたように感じて、悠花は肩と背中とを萎縮させる。
「時間なら、いくらでも。ただ、あまり遅いと手遅れになりかねない」
「そこは重々承知だよ。だから、1週間以内だ」
 ほぼボランティアなんだから承知してよね、と笑顔を浮かべる情報屋。すっかり毒気を抜かれたのか、白城は伸びっぱなしの爪でがりがりと頭を掻いた。

 それでも、時間をかける価値がある程には彼の情報網は信頼が置けた。今までの経験と実績。白城には真似できない、彼の性格と立場に強く裏打ちされた『結果』だった。
 ふと柱に括られた時計を見あげれば、先刻タイムリミットを譲渡した頃から既に十分が経過していた。悠花は落ち着かない様子ではらはらと並木通り人の波を見た。沙月に対して合図を送るものはいないか、待ち合わせの相手が来るのではないかと、当の本人がまったりとカプチーノを味わう様子を盗み見る。

 と、沙月のイヤホンマイクのスイッチがぴかぴかと光を発する。沙月は彼らとの会話中もずっとそれをつけたまま過ごしていた。時折点滅していたのを見ると、彼が忙しいのは事実で、もしかしたら白城達に申告している以上にスケジュールが詰まっているのかもしれなかった。
「――あ、もしもし。――うん、分かった。いつもの場所にいるから」
 今回は僅かに一言二言をを交えて終話する。それから、そろそろ時間切れかな、と腕時計を眺めて顎を引いた。
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと