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認定猶予 -Moratoriums-

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 暗い部屋の中に居た。

 床は冷たく凍えるようで、四肢は自由のままだったけれど、立ち上がって部屋を出ることは出来なかった。吐き出す息が白い。暖房は最初からついていない。伸ばした指の先が鉄の柵に触れて、あまりの冷たさにすぐ手を引っ込めた。

 少女はのろのろと、その小さな頭を床に下した。
 瞼が酷く重そうで、幾度もぱちぱちと重力に逆らうものの駄目だった。本当は、床板が冷たいから横になりたくはなかったのだけれど――その身体は情け程度の毛布に覆われていたが、小学校に上がったばかりの小さな体躯には防寒の足しにもなっていない――睡魔に押しつぶされて頭や身体を打ち付けるよりは利口だと判断したのだった。
 何時間も前に運ばれてきたトレーには手を付けていない。泣き飽きて既に赤くもない両目も、閉じてしまえばまた両親のことを思い出してじわりと熱くなる。もう会えないのかもしれないとその小さな心で寂しさを覚えた。もう息は白くなかった。幼い命は徐々に命の炎を弱くしていった。

 ――ふと、下の階からもやもやと騒々しい気配が伝わってくる。籠った騒音はどうやら乱暴に開閉される扉の音や何か大きなものが倒れる音のようで、それに混じって時折人の怒声らしきものも混じっていた。
 けれど、それらも少女の目を再び開けさせるための切欠までには至らず、やがて静まった階下の異変にすら気付くことも出来はしなかった。
 いつの間にか扉の前の気配も消えていた。代わりに階段を上がってくる足音が聞こえて、幾分か駆け足のその気配は、少女の閉じ込められている部屋の前まできて立ち止まった。

「――おい!」

 少女が目を開けたのは、自分の押し込められていた檻の扉がこじ開けられ、温かい腕に抱き上げられた後だった。
 開かれた扉から日光が差し込んで、自分の顔を覗き込む誰かの輪郭を強く縁どっている。まるで白昼夢の中からそれをみているように。ぼんやりとその人を見詰めれば、強張っていた気配が僅かに緩んだ。すぐさま柔らかな毛布で少女を包んで、頭や体を打ち付けさせないよう慎重に抱え上げる。

「もう大丈夫だ。さぁ、お父さんとお母さんの所に帰ろう」

 その低くて穏やかな声が、言葉が、少女を安心させて。
 夢の中に落ちる直前に知ったのは、毛布の温かさと、その人から僅かに感じられる煙草の匂いだった。
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと