認定猶予 -Moratoriums-
薄暗い世界にも朝はやってくる。
正しい時間の流れは定かではないが、腕時計の時間を頼ればもう事務所を出てから二日半は経過している。
結局浪費したのは時間だけで、身内から聞き出した情報も、探し人の立ち寄りそうな場所も、四方巡ってみてはいたが成果は上がらなかった。本当は助手の少女がいないうちに片付けようと思ったのに、やはり簡単にはいかない。大人しく情報屋が目星をつけるのを待っていた方が早いかもしれない。
地下鉄の階段を出て路地裏を進む。大通りより近道ということもあるが、何より通り慣れた道だった。昼を過ぎたばかりだというのにビルの合間は暗くて、どうかすると掠れたネオン管などが早々に店の名前を縁取っている。
旧年代の遺物のような、前と背中に板を張り合わせて客を呼ぶ男。身体のラインが如実に浮かぶ、きらきらした衣装に身を包む女達。そのうちの顔馴染みが目敏く白城の姿を見つけては、通りの反対側からも快活な声を上げる。
「シロさーん、寄ってかないんですかぁ」
体をすっぽり包むコートと、ネイル。顔を集めて談笑していた数人が手を振って寄越す。それに片手で遠慮を示して、
「悪いけど、今忙しいの。またまとめて稼いだら遊びに行くよ」
絶対ですよぉ、と残念そうでもない笑みで、きゃらきゃらと手を振る女達。この辺りはとりわけ昼夜の区別などあってないようなものだ。
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「はい、あたしの勝ち」
それはある日の昼下がり。
テーブルを挟んで向かい合わせに座る二人の眼前には、白と黒の石が並ぶ正方形の板が控えていた。ただでさえ物の多い白城のデスクの上に、無理にスペースを作って広げたボードゲーム。しかし今その緑板の上には圧倒的に暗色が多い。
「あんた本っ当“オセロ”弱いわね。白か黒かで統一していくだけなのに、どうしてそんなに手こずるのよ」
高座灯(タカクラアカリ)は、僅かに存在を主張する白色を四つまで数えてから同情の息を零した。
彼女のほうはファッション誌まで開いて片手間だったというのに、いつの間にか端末をシャットダウンしてまで挑んだ結果がこれだとは、当人でなくても溜息を吐かざるを得ない。
「得意分野はカードなんだよ」
すっかり不貞腐れて、緩慢と目を逸らす。
「それも賭け金がないと調子が上がらないとか。つくづく手本にならない大人なんだから」
ぶつぶつと何かを言う白城。力なく咳払いをしてパソコン本体のスイッチを押したものの、待ちきれずに引き出しから新聞を出して広げた。
そうしているうちに、ボードゲームを片付けて漸く見えたデスクマットの上に、丸盆を抱えた少女の影が写る。
「あの。珈琲、入りました。高座さんもどうぞ」
「わぁ、ありがとう」
「さんきゅ」
灯が太陽のように微笑めば、緊張した面持ちで頭を下げた。灯の分と、白城の分をひとつずつ丁寧に置く。それからぺこりと一礼して立ち去る。
やがて自分の席に戻って、再び必死に慣れないキーボードをぽちぽちと突っつき始めた。時折ハンターのような目で画面を凝視しながら。
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと