小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

世界は今日も廻る 3

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 
朝、携帯のアラームが鳴る五分前に目が覚める。うん、いつも通りで大変よろしい目覚めです。暫く横になってると、体に重力とか引力とか色々感じる。このまま布団の中に入り込んで一体化するみたいな。どこまでも地下に落ち込んでいくみたいな。そんな有耶無耶な感覚を振り切って起き上がる。
煙草咥えてライターを探しつつカーテンを開ける。今日も見事な晴天。もうすぐ十二月近くだってのに、一向に寒くならない変な天気。一応気温はそれなりに下がってるみたいだけど。途中でキッチンに寄って珈琲のセットをしてから新聞受けを覗く。突っ込まれるチラシの束の中に、真っ白い封筒が一通。チラシの束はそのまま玄関横のゴミ箱に放り込んで、ついでに昨日千切られたチェーンもゴミ箱に入れておく。開錠ナイフのおかげで鍵が壊されることがなかったのが、何よりの救い。つか、アイツあんなナイフ何処で手に入れてんだろうね。一応コッチの世界はコッチの世界で専門のショップが幾つかあるけど、あの手のナイフは馬鹿みたいな金額がする。どれもこれも職人の手作りで全てがオーダーメイドの一点ものとか結構なもんだよな。
ペーパーナイフで手紙の封を切れば、中から零れるのは美しい便箋。薄い和紙に染み込んだ香の匂いが鼻先を掠める。んー・・・これは、沈香だっけか?丁寧に書かれた文字はそのまま人の成りを思い起こさせる。この文字のように、丁寧で美しい人。もう随分おばあちゃんだけども、それでも年齢に相応しい美しさを兼ね備えた優しい人。こちらを気遣う挨拶から始まる手紙は、キッチリ便箋一枚分。
ちょっとした縁で知り合ったおばあちゃんと俺は、文通する仲。お互いに負担にならないように、ゆっくりとしたペースで続くこの関係は、今年ですでに五年。年が明ければ見事に六年目に突入だ。
「ん、珈琲できたな。」
ダイニングの椅子に珈琲と灰皿を引き寄せて、手紙を読み込む。今年は寒さが緩くて嬉しいと、それでも少し物足りない思いを抱いていると、飼っている猫が番を作り子供を産んだと、庭の柿木が今年は豊作だったと、他愛も無い些細な言葉はどれも美しい。日本語ってのは本来こうやってゆっくり話しをするために作られた言語なのではないかと錯覚させるほどに、この人の言葉は美しくゆったりとした時間を伴う。それが年齢から来るものなのか、それともこの人が持っている資質なのかは、俺には判断できないけれど。
もしかしたら若い頃はブイブイ言わせていたのかもしれないし。この人と、昔話をすることはほとんど無い。他愛もない、近状を知らせる言葉と、こちらを気遣う優しい言葉。
今日は折角出かけるのだ、ついでに便箋や封筒を買い込んでこよう。そろそろストックも無くなる頃だ。
丁寧に封筒へ手紙を戻して、本棚の一番上に仕舞いこんだ缶を引きずり出す。真っ赤な缶は、以前安売りの伝道で売っていたクッキーの空き缶だ。こいつも、すでに何代目になるんだろう。今までの手紙は全て取ってある。捨てるには勿体無い、あまりにも美しく儚い言葉に、この缶は少し毒々しいかもしれないけれど。
朝食はマフィンとカリカリに焼いたベーコンに、レタスのサラダ。マフィンはこんがりと焼き上げてバターとメープルシロップをたっぷり。濃い目の珈琲と一緒に突付きながらパソコンを立ち上げる。
ざっとメールを斜めに読んで、必要の無いものは削除。リプライが必要なものは振り分けをして、それ以外のものは纏めて既読のボックスへ振り分ける。
ミュージックライブラリーから最近気に入りのアルバムを選び出して流す。うん、大人みたいだ。ちょっとカッコ良くないですか?
朝食の後片付けを終えて、シャワーを軽く浴びてから歯を磨いて、ついでに洗面台の窓辺に置いてある観葉植物に水を上げる。あんまり花が咲く植物が好きじゃないと言ったら、最近では花束じゃなくて観葉植物のポッドやグリーンを中心に作られたアレンジメントなんかを貰うようになった。黒と白と、緑とアイボリーで形成される俺の城。俺だけが所有できる空間。ダイニングテーブルにメイクボックスと鏡をセット。ファンデーションは苦手だから基本はアイメイクだけ。人にやられるとばっちりフルメイクされるので、最近じゃ自分でメイクするようにしている。
紫と青のシャドーに、目じりにだけ睫毛を増やしてこれには赤いラインストーンが付いている。くっきり引いたアイラインでいつも以上に目が大きく見える。目つき悪いって言われるから、どっちかといえば狸目に見えるように。睨んでるつもりも怒ってるつもりもないんだけど、どーも誤解されがちな可哀相な俺の目つきに同情。紅は向う行ってからでいいや。
アルバムが一周して二周目に突入。今日の洋服を選ぶ。向うで着替える手間を考えると、そこそこ着替えが楽でそれなりに見れる服。私服なんざどーでもいいと思うけど、あんまり適当な格好で会場に入ると周りからどつかれる。いわく、見られていない場所でも気を抜くことなかれ。最近ではメディアの発達で全然素人の人間でも気軽に情報を発信できるようになったから。ヘタ打って問題にでもなったらどーすんだってさ。どーでもいいです。
黒のスキニーに黒のタンクトップ。その上から赤と紫のボーダーになってるセータ。正面に織り込まれた髑髏がポイントらしいです。ちょっと寒いかなと思うけど、あんまり厚着するの好きじゃないし。身軽が一番よ?首に下げるシルバーのクロスは俺のお守り。もう一つ、見せるように着けるのはチープな作りで有名なブランドのモチーフを模倣したネックレス。本物買える金はあるけど、この努力を凌駕する圧倒的なチープ感がお気に入り。最後に、長い髪を背中で流して完成。いい加減これも切りたいけど、タイミングが掴めぬままダラダラと伸びていく。あ、枝毛発見。
肩に鞄引っ掛けて、部屋を出る。キチンと鍵を閉めて、忘れ物はなし。マンションのエレベータで地下の駐車場へ向かいつつ、バッグからヘッドフォンを取り出す。なんでこのコードって毎回絡まるんだろう。カチカチとウォークマン、のっとアイポッド。の曲をまわす。うーん、今日の気分は五月蝿い感じかな。
駐輪場から自転車を引っ張り出して、走り出す。ラバーソウルでよく自転車に乗れるもんだと言われるけど、こーゆーのは慣れでしょ?勢いよくマンションの地下駐車場を飛び出して、一気に坂を下る。行きはいいけど帰りがかったるい。なんでこんなに高台に作ったのか設計者に聞いてみたい、ついでなんでこんな高台にあるマンションを選んだのか自分の脳内に問いかけたい。
大きな道路をそのまま下がるのが本来なんだけど、近道。細い階段を自転車で無理やり駆け下りる。このスリルがたまらないと思ったのは最初の数日だけで、最近ではすっかり何時もの通り道。初めはあんなに面白いと思っていたこの入り組んだ街も、見慣れれば何時もと同じ風景。ただのリズムの集合地だ。流れる音楽に浸りながら大きな交差点を左折。最近じゃ自転車乗る人が増えてきてる。不慣れな人間は練習してから街中に出てくればいいのにっていつも思う。今も、目の前を猛スピードで通過していくピストバイク。素人があんなのに乗るとかマジで怖い。あれ、ブレーキ付いてないんだよ?
作品名:世界は今日も廻る 3 作家名:雪都