【第十回・弐】おふくろさんよ
「俺さ…【時】は来なくていいと思うけど…【時】がなければ悠助にも出会えなかったんだって…思う」
【時】という言葉に緊那羅が慧喜を見た
「緊那羅だって…【時】がなければここにはいない…全ては【時】なんだよね…」
慧喜が静かに言うと悠助がもぞっと動いた
「親が俺を捨てた原因の宝珠も【時】が生んだもの…」
緊那羅が自分の腕を見た
「【天】じゃ宝珠持ちはどう思われてるか知らないけど【空】ではね…禍々しいものと恐れられてるんだ…だから俺の親は俺を捨てた」
慧喜が自分の左中指についている宝珠を見た
「恐れとソレを避けるための崇拝…それが【空】での宝珠持ちへの応対…」
緊那羅が顔をしかめた
「宝珠…」
ボソッと緊那羅が呟く
「どうしてこんなモノが生まれたのか…って俺は何度も宝珠を捨てようとした…でも…」
「でも…?」
少し間を置いて緊那羅が慧喜に言う
「誰のため何のためにこの力があるか…考えて俺なりに答えを出した」
慧喜が緊那羅を見た後ふっと笑って悠助を見た
「俺はこの力…悠助を守る…ただそれだけのためにあるって…答え」
小さい声で言った慧喜の言葉に緊那羅がまた自分の宝珠を見てそして唇をキュッと噛んだ
「俺は…悠助を守るよ…」
時刻はとっくに晩飯の時間をすぎていた
「…遅いっちゃね…京助もハルミママさんも」
先に済ませた悠助と慧喜も緊那羅と一緒になって時計を見た
「ゴ等がみてくるんだやな」
イヌが伸びをして言った
「私が行って来るっちゃ」
そのイヌの横を緊那羅が素通りして戸をあけた
「寒いよ? 緊ちゃん」
悠助が緊那羅を見上げた
「大丈夫だっちゃよ;すぐソコだし…」
一瞬うっという顔をした緊那羅が今度は苦笑いを悠助に返した
「まだ吹雪いてるから気をつけるんだやな~」
ストーブの前でゴロゴロしながらコマが言う
「わぷ;」
玄関を開けた瞬間 緊那羅の全身に浴びさられたのはほんのり磯の香りが混ざった雪と風
「っ;」
キッと気合を入れた顔をして緊那羅が足を進めた
社務所には明かりがついていなかった
「…あれ…?;」
首をかしげながらも戸を開けた緊那羅が中に入る
「靴は…二人ちゃんとあるっちゃ…」
無造作に脱ぎ捨てられた靴と揃えられた靴を見て緊那羅が社務所の廊下の奥を見るとユラユラとほんのり暖かな明かりが見えた
ギシッと音を立てた廊下に少しびくつきながら緊那羅が明かりを目指し足を進める
少しレトロなガラス戸の向こうに見えたのは何かを見下ろして優しく微笑んでいる母ハルミ
その下はガラス戸の模様でよく見えなかった
「…緊ちゃん?」
気配に気づいたのか母ハルミが緊那羅のいるガラス戸を見た
「あ…はい;」
緊那羅が少し驚いた後返事をした
「寒いでしょう? ホラ入ってきなさい」
母ハルミが手招きをすると緊那羅がガラス戸を開けた
「あ…京助…」
緊那羅がガラス戸を閉めながら目に入った母ハルミの膝枕で寝息を立てている京助に気づいた
「寝ちゃったの」
母ハルミが笑った
「ああ…だからこれなかったんだっちゃね」
納得というカンジに緊那羅が笑った
「あらもうそんな時間?」
母ハルミが体を捻って壁に掛けてある時計を見た
「京助起こすっちゃ?」
緊那羅が聞く
「…もう少ししたら…にしようかしら」
少し考えて母ハルミが言う
「悠助も…慧喜に頭撫でられてさっきまで寝てたんだっちゃ」
京助の寝顔を覗き込んで緊那羅が言う
「やっぱり兄弟ってそんなモンなのかしらね」
母ハルミが京助の髪を撫でた
「…安心できるんだっちゃね」
緊那羅が京助の寝顔を見て微笑んだ
「何年ぶりかしら…京助に膝枕するのって」
母ハルミが言った
「してなかったんだっちゃ?」
緊那羅が聞く
「少なくとも…悠ちゃんが生まれてからは…してなかったと思うわ」
母ハルミがゆっくり京助の髪から手を離した
「悠ちゃんが生まれて竜之助がいなくなって…」
静かに母ハルミが言う
「この子には『お兄ちゃんなんだから』って言葉でずいぶん我慢してもらったの」
苦笑いで母ハルミが緊那羅を見た
「だからなのかしら…妙なところで大人で妙なところで子供で…甘え下手になっちゃって…」
黙ったまま緊那羅が母ハルミの話しを聞く
作品名:【第十回・弐】おふくろさんよ 作家名:島原あゆむ