【第十回・弐】おふくろさんよ
「ないっちゃ; …あれ~…?;まだ確か一つ残ってたような気がしてたんだけど…」
床下の室を覗き込んで緊那羅がうずらの水煮の缶詰を探す
「ないの?」
緊那羅を見下ろして悠助が聞いた
「仕方ない…買ってくるっちゃ;」
室の戸を閉めて緊那羅が立ち上がる
「でも緊那羅…雪降ってるよ」
慧喜が言うと一瞬 緊那羅がうっと止まった
「…緊ちゃん寒いの嫌なんでしょ? 僕が行く」
悠助が言う
「悠助が行くなら俺も行く」
慧喜も言った
「ダメだっちゃ; こんな天気の時…」
「俺が行ってきてやるか?」
緊那羅の後ろを通り冷蔵庫をあけた京助が言った
「義兄様」
慧喜が京助を呼んだ
「でも足…」
緊那羅が言うと慧喜と悠助も揃って京助の足を見た
「走らなきゃいいんだろ?」
冷蔵庫からチーカマを一本取り出して京助が戸を閉める
「まぁ俺は体動かす手伝いしかできねぇからよ…んじゃいってくる」
チーカマを齧りながら京助が台所から出て行った
「よッ!」
ガラララ…
気合一発玄関の引き戸を開けるとソコは一面の白
そんな景色を見て京助がしばし止まった
「…【時】」
京助が【天】で見た真っ白な空間を思い出す
たぶん夢だったんだろうけど夢で終わらせるにはなんとも後始末が悪いような
「きょうすけ~!!」
パタパタという足音とともに悠助がやってきた
「これもっていって~」
「何?」
開けっ放しの玄関の戸から悠助の方に歩き出した京助に悠助が手渡したのはホッカイロ
「ちゃんとクシャクシャしたからすぐあったかくなるよ~」
手渡されたカイロは確かにもまれた後があってほのかにあったかい
「さんきゅ」
京助がそのカイロをゴソゴソとズボンのポケットに入れた
「気をつけてね~いってらっしゃい~」
玄関の戸の隙間から悠助の見送りの声が聞こえた
「…見えねぇ;」
さっきまではただのもっさもさ降る雪だったのに日本海の波が呼んだ風がついて俗に言う吹雪という事になっていた
「…さって;」
京助がほんのりあったかい右ポケットを二回叩いて足を動かした
しばらく歩いて石段を石段を一段降りようとすると雪かきをする音が聞こえた
「母さん?」
社務所の前で赤いじょんばを手に雪かきをしていたのは母ハルミ
【解説しよう。『じょんば』とは方言で『雪かきスコップ』の事を指すのである】
「母さん;」
京助が母ハルミに声をかけた
「あら京助」
巫女服の上から一枚上着を羽織っただけの母ハルミが顔を上げた
「雪かきしないと出られなくなるからね~…アンタはこの雪の中どこ行くの」
雪で濡れて顔にくっついていた髪を耳にかけながら母ハルミが京助に聞いた
「うずらの卵買いに…ってか手袋はけよ; ったく…」
京助が赤くなった母ハルミの手を見て言った
「大丈夫よ感覚ないから」
「そうじゃねぇだろ;」
母ハルミが笑って言うと京助が自分のポケットから黒い手袋を取り出した
「俺軍手あるから」
そう言いながら母ハルミに手袋を差し出す
「あら…ありがと…じゃついでに後ろ向いてくれる?」
手袋を受け取りながら母ハルミが言うと京助が首をかしげた後言われたとおりに後ろを向いた
「ぎょぉあああ!!!!!;」
境内に風とともに京助の悲鳴が響いた
「は~…あったかい」
「なにすんだッ!!;」
京助の背中に手を突っ込んだ母ハルミがふぅっと息を吐いた
「人肌が一番なのよ」
「のあっ!!;」
今度は反対の手を背中に突っ込まれた京助が再び悲鳴を上げる
「…アンタ…背ぇ伸びたわねぇ…」
母ハルミがいきなり言った
「いくつあんの?」
「…165…あるかないか; ってかもういいだろ;」
京助が母ハルミの腕を掴んだ
「大きくなったわね京助」
「へっ?;」
「さっ! 気をつけていってくるのよ? 帰ってきたら雪かき手伝って頂戴」
小さく聞こえた母ハルミの言葉を聞き返そうとした京助の背中を母ハルミが叩いた
「あ…ああ;」
吹雪の中母ハルミに見送られて京助は石段を降りていった
作品名:【第十回・弐】おふくろさんよ 作家名:島原あゆむ