アイラブ桐生 第三章
「吸いこまれそう・・」
わきの下をくぐり抜けたレイコが、私の身体の前へと回り込み、
フェンスに両ひじをついた瞬間に、思い切り元気よく
身体を前に乗り出しました。
そんな窮屈な態勢のまま、私の懐にもぐりこんだレイコは、
息を止めたまま、そのまま固まってしまいました。
目は海面の様子にクギつけになったままです。
やがて潮風の中に、
どこかで嗅いだ覚えのある、
レイコの髪の匂いも混じってきました。
「おまえ、大胆だなぁ・・・」
「迷惑?」
否定はできませんが、
しかし肯定することも、出来かねてしまいました。
「田舎じゃあ、できないもんね・・・」
「・・」
それも、どこかで聞いた覚えがあります。
古い記憶をたどりながら、
それがどこだか思いだそうとしていると・・
「ごはんに、しましょう!」
なんの前触れもなく、クルリと振り向いたレイコの顔が、
触れてしまいそうな、ほんの数センチほどの至近距離に現れました。
レイコの瞳が一瞬だけ、私の瞳を見つめて止まったような気もしましたが、
次の瞬間、左の脇の下をするりとくぐり抜けてしまいました。
「お腹すいたぁ~」と、またそこで一回転をしながら
髪をなびかせて、レストランを目指して、
軽快に走り去って行きます。
何だったんだろう今・・・と考えながら、
もう一度、海底まで夏の日差しがとどいている海の様子を目におさめてから、
レストランの入り口で元気に手を振っているレイコに向かって
ゆっくりと歩き始めました。
(10)へつづく
作品名:アイラブ桐生 第三章 作家名:落合順平