アイラブ桐生 第三章
丘から下りきったところには、
細い堤防に抱かれた、小さな入り江がひろがっていました。
その入り江を取り囲むように細い幅で横たわる、わずかばかりの平坦部には、
くすみきってすっかり色あせた瓦屋根と、錆びたトタン板の屋根たちが、
仲良く、肩を寄せ合って立ち並んでいます。
そのわずかばかりの集落を過ぎてしまうと、
次のこんもりとした丘陵をめざして道路はまた登り始めていきました。
緩い傾斜を斜めに横切りながら、道が消え隠れをして進みますが
その両側に、家も畑も見えません。
もうその先には、未開の地へ向かうような雰囲気さえもありました。
しかしこちらの入り江にも、人の気配がありません。
聞こえてくるのは、セミの鳴き声と、かすかな寄せてくる
波打ち際の音だけでした。
「ほんと、静か・・・」
隣へ来て、肩を寄せてきた
レイコの口もとが、こころなしかにピンク色に濡れていました・・・
そう思ってよく見ると、指先の煙草の吸い口にも、
ほんのりとピンクの色が滲んでいます。
(あれ、こいつ、いつの間にお化粧を・・・)
そういえば、少しだけまどろんで目覚めた時に、ほんのかすかに
車の中に、甘い香水の香りがしていたことをぼんやりと思いだしました。
そうかレイコも昨夜から、お化粧をする気持ちの余裕がないままに、
ただ一直線に、私と一緒に能登半島まで走り抜けてきたんだ・・・
などと、どうでもよいことを寝不足の頭でぐだぐだと模索をしかけた時、
また、レイコが何かを見つけました。
作品名:アイラブ桐生 第三章 作家名:落合順平