謎解きはライブのまえで
失われた20年を生み出した無能な自民党政権も、政権交代しても何も変えることも出来なかった暗黒の民主党政権の双方とも国民にそっぽを向かれ、無能と暗黒のどっちがマシか、国論を二分した結果がこの議席数だった。それと、橋下徹率いる維新の会が思った以上に議席を伸ばしたことも瞠目すべき事象である。
既存政党への反抗を党是とした維新の会が躍進した結果として、既存政党である民主・自民両党とも好むと好まざるとも大連立するしか道はなかった。自民党の谷垣総裁と民主党の前原代表は極秘に前原総理を前提とした新内閣を創案したが、自民党の一部議員、特に町村派の民主党アレルギーは激しかった。民主党と連立を企む谷垣総裁を軟弱だと誹った上、谷垣下ろしを企む始末で、自民党の執行部は頭を抱えていた。
自民党が野党時代、与党民主党の野田内閣の組閣人事を「党内融和しか考えていない」となじりながらも、一方で自民党は党内人事で派閥均衡という点を考慮せざるを得なかったというお笑い沙汰になった。それは町村派が執行部に反抗的なのが一因としてあったからだ。
皮肉なことに、小沢派対反小沢派で権力闘争していた民主党は、先の選挙によって敗北したが、落選した議員の大半が小沢グループの一期生であった。事実上民主党の大敗によって小沢グループが壊滅し、前原グループを中心とする反小沢派が民主党内の権力を掌中に収めることに成功したことで、民主党は一枚岩となった。
それが浜省が新聞の政治欄から得た情報だった。
<全日空ホテルオアシスタワー>
浜省は体調不良と称して夜の飲み会をすっぽかした。浜省も全日空ホテルに宿泊しているので、マネージャーが運転するトヨタ・ヴェルファイアの後席に座りホテルまで走らさせた。車から降りるとロビーからエレベーターにすぐさま最上階に上昇し、バーの入口をくぐった。
背広を着込んだ田母神俊雄がカウンターの隅でギムレットを嗜んでいた。浜省は田母神に近づくと声をかけた。「いつもありがとうございます。田母神さん」
それを聞いた田母神は怪訝そうな顔をして、「どちら様ですか?」と訊いた。
浜省はにやりと笑い、オークレイのサングラスをかけた。刹那、田母神は顔を綻ばせた。「浜省ですか! 待ってましたよ」
「いかにも」と浜省は言った。「あなたが俺のファンだということは聞き及んでいます」
田母神は中指とと親指を摩擦させ指を鳴らし、バーテンダーを呼ぶと、「こちらにもギムレットを一杯」と言った。
バーテンダーはグラスに注いだギムレットを浜省に差し出した。浜省は申し訳程度に口をつけた。
「明日ライブでしょうに」と田母神は言った。「こんなところで私の相手をしているほどリラックスされているのでしょうか?」
「謎解きはライブのまえで、ということです」と浜省は言った。「町村信孝暗殺事件の真相を解かねばなりません」
田母神は息を深く吐くと、グラスの中身を飲み干して言った。「聞きましょうか」
浜省は頷くと滔々と述べた。「率直に言うと、町村を殺したのはあなたです」
「ほう」と田母神は息を吐くように呟くと、背広の内ポケットから、オートマチックの拳銃を取り出してテーブルの上に置いた。「安心して下さい。この銃はあなたに向けられることはありません。東洋のブルース・スプリングスティーン、かつ日本のジャクソン・ブラウンを殺すにはあまりにも代替できる優秀な人材が居ない。ですから、なぜ私が犯人なのか説明願いたい」
「銃口があなた自身に向けられることも保守論壇にとって重大な損失につながります」と浜省は返した。「あなたが犯人である理由は、あなただけが生き残ったからです。最後に生き残った者こそ容疑者に最も近いというのが推理小説のセオリーですよ」
「♪広島の名のもとに平和を唱えるこの国 アジアに何を償ってきた」と田母神は口ずさみ呵呵と笑った。浜田省吾自身が作詞し歌った「八月の歌」である。「こんな左翼的な歌を創ったあなたが保守論壇のことを心配しておられるとは思えませんな」
「生憎、俺は原理主義者じゃないんで、思想信条の多様性を認める度量はあるつもりですよ」と浜省は答えた。「町村信孝や西田昌司や稲田朋美とは違って」
「わかっています」と田母神は頷いて先を促した。「話の続きを」
浜省は居住まいを正して続けた。「迷彩服を着て榴弾砲を街宣車に器用に打ち込める日本人は自衛官ぐらいでしょう。テロリストや外人部隊に所属した傭兵は別ですがね」
「でしょうな。自衛隊には84ミリ無反動砲としてカール・グスタフを導入しているので、陸自の隊員なら容易に扱えるでしょう。元自衛官の私が保証しますよ」と田母神は答えた。「ただ、航空自衛官だった私には生憎、アリバイがあるので、デパートの屋上から町村氏を射撃することはできない」
「確かに、航空自衛官でしかなかったあなたが無反動砲で射撃することは出来ません。ファッションビルの地下のトイレで、有言不実行という点では右の鳩山由紀夫と称される安倍晋三みたいに腹を下していたのでしょうから」と浜省は言った。「しかし、あなたが街宣車に爆弾を仕掛けて、無線操作で爆破することは地下のトイレでもできるでしょう?」
田母神は再び指を鳴らしてバーテンダーを呼び、自分が飲むギムレットを注文した。「それで?」
「それで」と浜省は続けた。「榴弾砲はフェイクです。あなたとは別人の迷彩服の男は無線か携帯電話でトイレタイムのあなたと交信し、タイミングを合わせて信管を抜いた模擬弾あたりを打ち込み、それに合わせて街宣車にセットしておいた爆弾を起爆しただけでしょう。だから、俺らが迷彩服の男に近づいても彼は俺達に何もしなかったわけです。普通なら気配を察知して町村の暗殺に邪魔な俺達を始末してから改めて町村やあなたに向けて射撃するはずです。しかし、彼は近づいてくるデパートの社員やカメラマンにびくともせず、射撃したのちに俺たちを排除した。なぜならば、あなたが爆弾のスイッチを押すタイミングで榴弾砲を発射しなければならないので、俺たちの相手をする暇がなかったわけです」
田母神はバーテンダーからギムレットを受け取ると、一口だけ口に含み、舌の先で味わうと目を瞑り率直に述べた。「大胆な犯行ですな」
「街宣車に仕掛けられた爆弾の爆発を榴弾の射撃による爆発と見せかけるには、大胆に犯行する必要性がありますからね」と浜省は述べた。「カール・グスタフを担いで町村に向けて射撃するシーン、もとい茶番を目撃する者がいなければこのトリックは成立しません。だから俺たちがデパートの屋上に来るときをわざわざ見計らって迷彩服の男が模擬弾を撃った次第。そして俺だけを殺さず、警察に証言でき、社会的信用のある目撃者として残したわけです」
「面白い創作話ですな、浜田さん」と田母神は笑った。「検証の結果、無反動砲による射撃が原因だと証明されています。街宣車の残骸からは爆弾のバの字も出てきませんでしたよ」
作品名:謎解きはライブのまえで 作家名:牧高城