アイラブ桐生 第一章
はじまった!
万一の場合は、
いち早く立ち去れ、がデモ行進の鉄則でした。
同じ方向に固まることなく、四散すべきこと。
露地や建物内にいち早くまぎれこむべし、
ゼッケンや腕章は、迷うことなく廃棄すること、などなど
前夜の打ち合わせを思い出しながら、いち早く、その場を立ち去りました。
「安全第一,蛮行は勇気に有らず。勇気を持って撤退せよ。」
それらを、呪文のよう頭の中で繰り返しました。
気が付いたときには、
地下鉄の切符売機の前に立っていました。
動転するといいますが、想像を絶した光景を前にした時には、
人は頭の中が、本当に真っ白になるという事実を、
産まれて初めて体験をしました。
ほっと一息ついたとき、
背中に、どん!と人がぶつかりました。
驚いて振り返ると・・・
レイコが、私の背中で息を切らせたまま、
肩を震わせて立ちすくんでいました。
「ずぅ~と、後を追いかけてきたのに・・」
レイコの顔が真近に迫ってきて、
涙があふれそうになっているその両方の目で
私をじぃっと、見つめてきました。
今日は、初体験の多い日です。
こんなにも至近距離で、涙目の女性に見つめられてしまうのも、
私には、まったく初めての経験でした。
作品名:アイラブ桐生 第一章 作家名:落合順平