理沙と武志
14ばん
2人は2階は飛ばして、1階に急いだ。一見したところ何も異常はなさそうだった。しかし、理沙が廊下のつきあたりを指差して口を開いた。
「ちょっとまずいかもね」
武志は立ち止まって、目を凝らした。確かに怪しい人影が見えた。
「あたしは外からまわるから、正面からの時間稼ぎはよろしく」
「おい、まだ何もわかったわけじゃ」
武志の言うことを聞かずに、理沙はさっさ外に向かった。武志は仕方なく、廊下のつきあたりに向かってゆっくり歩き始めた。近づくにつれて、なにか声が聞こえてきた。
なにを言っているのかはわからなかったが、さおりの声のようだった。それと、なにか切迫した状況だということだけはわかった。武志はとにかく急いだ。
廊下のつきあたりまでくると、床に倒れた良助と、怪しい若い男と対峙しているさおりの姿があった。さおりは男から離れよとしていたが、すでに壁に到達していてじりじりと追いつめられていた。
「おい!」
武志のするどい声に、怪しい男はビクッとして振り向いた。平凡な顔をしていたが、手にはかなづちを握っていた。武志はモップを慎重にかまえた。
「とりあえず、そいつから離れてもらおうか」
怪しい男は無言で後ずさると、いきなり振り返ってさおりをつかまえようとした。さおりは逃げようとしたが、足がもつれて怪しい男につかまってしまった。
「動くな! 動くなよ、こいつがどうなってもいいのか!」
かなづちを振り上げた威嚇された武志は、モップをかまえるのをやめて一歩下がった。
「わかった、落ち着け。とりあえず、その物騒なものを下ろしてくれないか」
「まずはお前のそのモップを捨てろ!」
「ああ」武志はゆっくりとしゃがんでモップを床に置いた。そして、両手を上げて下がりながら立ち上がった。「捨てたぞ。これで落ち着けるだろ」
「お前ら、なんなんだ」
多少落ち着きを取り戻した怪しい男は、ゆっくりと前進しながら、かなづちを武志のほうに突き出してそう言った。
「ここの学生だよ」武志は男と同じ歩調でゆっくり後退した。「そういうあんたは」
「おれか?」
怪しい男はにやりと笑った。その時、武志の視界の隅に、外からまわりこんでいた理沙が男の背後に到達したのが映った。
「言うわけないだろ、ガキが!」
「理沙!」
怪しい男の言葉と同時に武志は叫んだ。理沙はモップを男の手に投げつけてかなづちを弾き飛ばした。武志は床のモップを足で跳ね上げてつかむと、その勢いのまま、男のみぞおちにモップの柄を叩きこんだ。