『喧嘩百景』第2話緒方竜VS石田沙織
その後のことは、どういうわけだか竜にはスローモーション映像でも見せられているように感じられた。
沙織は紙一重で、竜の右の拳だけをかわした。左拳は真下から顎を捉え、右膝は脇に完全に入っていった。
――しもた、当たってまう。
当てるつもりだったにもかかわらず、竜ははっとした。
沙織の笑顔はすぐ目の前だ。万に一つどちらかをかわせても、もう片方は確実に当たる。腹の方がダメージは大きいかもしれないが、顔の方を避(よ)けてくれ。竜は祈った。
だが、沙織は笑顔のままどちらも避けなかった。
顔の前に二本指を立てて「ピース」をすると、それで竜の拳を受け止める。
いや、受け止めたのではない。最初と同じだ。右膝にも軽く手が触れる。
全く抵抗なく、沙織の身体は斜め後ろへぴょーんと跳んだ。
んな、あほなぁ。
「勝負あっただろ、緒方」
呆然とする竜に羅牙が声を掛けた。
「暖簾に腕押しってまさにこんな感じだよね」
美希もうんうんと頷く。
「やっぱ結果は見えてたよな」
頭の上からも声が降ってきた。
聞き覚えのある声に竜が振り向くと、屋上の階段小屋の上に成瀬薫が立っていた。
「会長ぉ」
また、鈍くさいとこ見られてもうたんかいな。こん畜生。
「沙織に当てられないようじゃあ、いつまでたっても俺とは勝負できないなぁ、竜」
お茶会同好会会長、龍騎兵(ドラグーン)総長兼西讃州連合総長成瀬薫は、にこにこ顔で竜の傍に飛び降りた。
「何事も力任せはだめってことさ。勉強になっただろ」
「緒方は力任せの典型だからね」
非常口からも人影が現れた。
「げっ」
日栄一賀(ひさかえいちが)。あいつもおったんか。
女性メンバーを除けば、実質、龍騎兵のナンバー2――。
作品名:『喧嘩百景』第2話緒方竜VS石田沙織 作家名:井沢さと