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『喧嘩百景』第2話緒方竜VS石田沙織

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 確かに「こっち」に来てからは実力を見せる機会がなかったから、誰も彼の力を知らないのかもしれない。竜自身も、羅牙を除いてお茶会同好会の誰とも手合わせしたことがないので、メンバーの力関係の比較などしようもなかった。
 せやけど、俺様の常勝無敗記録くらいは聞いたことあるやろ。
 転校当時、彼の喧嘩達者の噂は確かに評判だった。それは近隣校の不良たちから伝わって、一般の学生にまで広がった。
 連むのを嫌い、どこのグループにも属さず、彼を目障りだとして潰そうと躍起になる連中を一人で相手にしてきた強者。――中学時代から百戦して百勝、関西圏では彼の名を知らぬ者などいないほどだった。
 しかし、この学校に来るまで常勝無敗を唱われた彼は、転校早々、不知火羅牙に不本意な一敗を喫していた。――あのせいか。
 「女相手やと、腕が鈍るんや」
 竜はパックを握り潰して部屋の隅のゴミ箱へ投げ入れた。
 元々彼は女は相手にしない主義だった。だが、こっちへ引っ越してきて登校するまでの数日の内に、この辺りの不良たちから聞き出した名前の中にあった、「不知火羅牙」というのがまさか女の名前だったとは――それで、転校の挨拶代わりの一戦で彼は彼女に無敗記録をストップさせられたのだった。
 「緒方、沙織ちゃんを侮らない方が身のためだよ」
 美希がとりあえずの忠告を与える。
 しかし、侮る以前に、石田沙織は女で、しかも体育の授業で見る限りでも決して腕力があるようには見えない、さらにチビッコだった。
 「何で俺が女子供の遊び相手せにゃならんのや。お前らが遊んでやったらええやないか」
「だから御指名だって、竜ちゃん」
 あまり乗り気でない竜に美希は明るく手を振った。
 「おう、関西人。どっからでもかかってきなさいっ」
 沙織は肩を回して拳を突き出した。
 「沙織ちゃんに一発でも当てられたら竜ちゃんの勝ちにしてあげるからさ」
 美希の言い方は、竜の神経を逆撫でしようとしているのが見え見えだった。――人を挑発しよってからに。
 「泣かすぞ、おんどれ」
 竜は拳を握って、はあっと息をかけた。
 「やーい。かかってこーいっ」
 沙織は、かなり小馬鹿にした口調でそう言うなり、美希と羅牙の間をすり抜けて部屋から飛び出していった。
 「何やっ、逃げんのかっ」