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A darling things

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 おやつのパンケーキが焼けるまでの間、娘と庭先を散歩していたときの事だ。
 
 私は娘がじっと何かを見ている事に気が付いた。
 娘の視線の先には、蜘蛛の巣に捕らえられた一匹の蝶々がいた。
 私は娘が蝶々を助けるのだろうと思い、そっと見守っていた。
 娘は何かを悩んでいる様子で、しばらく経って私の傍へ駆け寄って来た。
「パパ、あのチョウチョさんを助けてあげて」
 ぎゅっと私のズボンを掴んで見上げる娘の顔は、真剣そのものだった。
 私は蜘蛛の巣の前まで娘を連れて行き、腰を屈めてじっと娘の目を見つめた。
 娘も私の目を見返す。

「美樹、いいかい? この蝶々さんを助けるという事は……」
 私の言葉の続きを、娘の言葉が遮る。
「わかってる。クモさんのご飯を取っちゃうって事はわかってるの。でも、チョウチョさん食べられちゃうの、かわいそうなの」
 娘はすがりついて懇願してきた。
 『かわいそう』と言った娘が、いつの日かその思いやりで深く傷つく事がないようにと願いながら、娘の気持ちを尊重する事にした。

「……代わりにミキのおやつをクモさんにあげてもいいから」

 ちょっと後ろ髪引かれる思いで重々しく口から出た言葉に、娘を抱きしめたい気持ちで一杯になった。
 私は蝶々をそっと摘み、蜘蛛の巣から少し離れた葉に放した。

「おやつができたそうだぞ」義父の声が聞こえてきた。
 振り返ると窓から顔を出して手を振っていた。
 娘は義父の声を聞いてすぐに、家の中へ走って行った。

「娘に似ているよ、そっくりだ。この老いぼれも思わず顔が緩む」
 娘は子供の頃の妻とよく似ているらしい。義父はとても暖かな目をしていた。
 その暖かさは、『娘さんを私にください』と挨拶に行った際に私に向けられた目からは全く想像できないものだ。
 あのときの刺すような視線は、父親としての愛故なのだろう。
 そう遠くない未来に、私も義父と同じように“娘を奪いに来た男”を睨むのだろうか。

作品名:A darling things 作家名:村崎右近