A darling things
娘が生まれる前にも、何度か二人で訪れたことがある。妻を除け者にして、義父と朝まで酒を酌み交わしたものだ。
今でも、さすがに朝までとはいかないが、二人で酒を飲む。ほどよく酔いがまわった頃、義父は決まって口にする言葉がある。
「実は息子が欲しかったんだ」
そして私はこう返す。
「僕では不足ですかね?」
これは毎度の事なのだ。
「女の子は嫁に行っちまうだろう? その寂しさがお前に分かるかぁ? その点、男は放っておきゃ、そのうち若くて綺麗な嫁さんを捕まえてくる。家族が増えるってのは幸せな事だ。嫁になんて出すんじゃなかったかな」
そう言って豪快に笑い、コップの酒を飲み干すのがお決まりのパターンだった。
娘が生まれてからは続きができた。
「それじゃ美樹は生まれませんよ?」
私がそう言うと、義父はううむと唸って悩み始める。
結局、それとこれは話が別だ。と一人納得してしまうのだ。
去年は、息子が欲しかったんだ、と言ったのを妻に聞かれ、
「あら、私は生まれちゃいけなかったのかしら?」
とあげ足を取られていた。
その後、義父は頭をぼりぼりと掻きながら、
「娘ってやつぁ、歳くうと母親に似てくるから気をつけろよ」
と耳打ちしてきた記憶がある。
どうやら、もうすでに妻は義母に似て来ているらしかった。
作品名:A darling things 作家名:村崎右近