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Twinkle, Tremble, Tinseltown 3

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want wipe,down under overlap





 まずその生い立ちからして、レスは不幸を絵に描いたような青年だった。売春と教会が経営する老人ホームの掃除が8対2という割合で生計を立てていた彼の母親は、産婆に抱かれた息子を一瞥して一言。「どうして彼が結婚する前に生まれてこなかったのかしら」。悪役めいた台詞を吐く女の常で彼女は馬鹿ではなく、皮肉と諦観を込めて赤ん坊の名前をレスリー・クレザン・ミッチェルと名づけた。ダン・ミッチェルのなり損ない(レス・ザン・ミッチェル)。


 あのダンカン・ミッチェル! テレビドラマ「L.A.ミッドナイト」でロスのタフでイカした刑事トリクシー・ブラッドを演じたミッチェルが、ハリウッドからもニューヨークからも近いとは言えないティンゼルタウンでわざわざ子種を落としていくはずがない。そうも言いきれないのが悲しいところで、生涯に一度だけ、彼はこの街にある施設へ慰問に訪れていた。そこで働いていたのがストロベリーブロンドでブルーの眼を持つ、比較的やつれていない一人の女。子供を宿したと知る前から彼女は、トリクシー・ブラッドと一夜を共にしたのだと言いふらしたし、腕を組んで歩いている姿を目撃した同僚の清掃夫もいた。70を過ぎた彼の眼は極端に悪かったため、誰も信じる者はいなかったが。


 それは彼女が何ヶ月か後にわざとらしくトイレへ駆け込んでも変わらなかった。変わるわけもなかった。仕事が仕事だし、彼女は俳優がやってきた1ヵ月後に、いかがわしい組合員の男と同棲を開始している。何よりも様々な慈善団体への寄付を怠らず、既にスターレットとの過ちを認め、教会行きのカウントダウンを始めているような男の中の男、ダン・ミッチェルが、この際一人や二人の認知を拒むわけがないことを皆知っていた。


 その点について彼女はこう釈明している。取引があったのだ、と。ある日厳ついロシア人風のマネージャーがやってきて、彼女に養育費という名目の口止め料を払ったのだと。その時無知だった彼女は非常に損な――曰く、尊厳を踏みにじるような少額の――契約を結び、一括で払われた数万ドルとこれ以上の金を求めてビバリーヒルズを練り歩いたりしないという誓約書のみが手元に残った。その経験に基づいてえせ談合屋なぞと付き合い始めたらしいのだが、子供が産まれた途端、少なくともこの男を共犯者と呼ぶのは酷だと人々は認めざるを得なかった。談合屋はブロンドと涼やかなグリーンの眼を持つ細身の男。息子は最初こそ柔らかな金髪を保っていたが、2歳の誕生日には見事な栗毛へ変身し、そのことを予言するかのように瞳は最初からくりくりとしたチョコレート色だったのだから。そう、あのトリック・ブラッドのように。



 レスにとって更に不幸だったことは、彼が生まれてから成人するまでの間に、ダン・ミッチェルが穏やかだが目に見えるような衰退の道を辿ったことである。レスが学校に上がってすぐまでは、トリック・ブラッドもまだテレビの中で銃を乱射していたし、華やかなゴシップにも事欠かなかった。生活保護の関係で叔父と呼んでいた義父にも、粗末な身なりと母の職業を馬鹿にする級友にも当たり構わず「僕の父さんはトリックだ」と喚き散らした関係上、彼は結局自らの出自が特別でなくともそこに生まれた限り当然辿っていた道しか歩むことができなかった。同じアパートに住む売春婦の子供たちとばかり遊び、常に自分を無視する両親の諍いを聞いて眠りにつく。プライドさえなければ、彼がもう少しまともな人生を歩んでいたはずだったことは、周りの誰もが認めるところだった。手足が伸びるにつれ、レスの容貌は際立っているといわないまでも整っていることが明らかになっていったからだ。6フィート3インチもある引き締まった体つき、色の濃い栗毛。少し淋しげな眼差し。その顔立ちはもとより、少し猫背気味の立ち姿や長い肢体を持て余す様子が夢の父親そっくりと来ては。これに関してはテレビや映画を録画し真似を繰り返した賜物なので反則と言えばそうなのだが、頭の悪い女の子たちは簡単に引っかかってしまった。もう少しまともならば、と分別のある――彼が本当に付き合いたいと願っていた――ローティーンの少女たちすら嘆いたものだ。プレップ・スクールのブレザーを着てディトナに寄りかかっていたら、GQのカバーに載っていてもおかしくないのに。実態はただのワル。しかもそんな権利などありはしないのに、しょっちゅう侮辱を感じている。


 そして劇的展開。レスが17歳という一番多感な年齢の頃、くだらないゴシップ誌の間を小さな小さな衝撃が駆け抜けた。トリック・ブラッド、不倫後再婚。テレビシリーズが終わった後も引き続き映画スターとして活躍し、プライベートでは子供を肩車してドジャースの試合に連れて行くようなミスター・ナイスガイがなぜ? 貪り読んだ雑誌で分かったのは、相手がレスより二つ年上であることと、ナイスガイは再び男らしく責任を取って子供を認知し、メキシコで盛大な結婚式を挙げたということくらい。星の数ほどある醜聞の中にあっけなく埋もれてしまうような出来事も、彼を含めほんの数人だけは執念深く覚えていた。




「それでお前は、全てを俺のせいだって言いたいんだな?」
 スラックス越しに包帯の縁をなぞりながら、ドクター・キルケアは黒い目を瞬かせた。ただでも痩せ型だったのが不摂生な生活でげっそりとやつれ、童顔をようやく実年齢と見合うものに変えている。血色の悪い顔色がそれでも黄み掛かっているのは流れる血のせいだった。父親の顔を知らないという点を含め、彼は医者と言う枠組みを超えてレスの悩みにぴったりと寄り添う資格を有している。違うところと言えば、彼の母親は息子に夢を捨てるよう促し、自らの父親をジャッキー・チェンやサニー・チバであると仮定することを許さなかったくらいだ。
「何だっけ」
「思い出せ」
 汚いグラスの中身を煽り、レスは首を振る。ただでも苦いトニックウォーターにキニーネの0.5グラム錠をスプーンで砕き、申し訳程度にジンを垂らした液体は、唇を真横にひん曲げたくなるほどの強烈な苦味を持っていた。飲みすぎると耳鳴りがするのは玉に瑕だが、それは恐らくホストの意思表示。さっさと帰れと言いたいのだろう。同じものを啜るキルケアの眼下にはうっすらと隈が浮いていた。


 診療所のドアを叩いた時、ちょうど帰りがけの患者とすれ違っていた。近辺では見かけない顔だった。少なくとも娼婦ではないらしい。学生だろうがコールガールだろうが、ここを尋ねる女に共通する顔色の悪さと、鼻の奥を無理に拡張するようなヨードチンキの匂いを漂わせていては、違いなどどうでも良くなってくる。
 診察室の主が洗うキーラン鉗子の輪になった先端には、まだ先ほどの女の肉体と彼女から引き剥がされた生命の一部が残っていた。思い切り顔を顰めたら、同じような顔を返される。小学校へ入る前どちらかが発明した遊びの一つは、再開されたのではない。今でも細々と継続しているというだけの話だった。
「そんなに傷つくことか? おまえのお袋はとんだ淫乱だ、とか」
「違う」
「じゃあ……ビッチ?」
「おまえのお袋がだろ」