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The El Andile Vision 第2章

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「さっきも言っただろう。おまえさえその気があるなら、このまま俺がおまえを引き取ってやってもいいと。ザーレン・ルードに飼われているより、ユアン様の配下に入った方がずっと未来(さき)があるぞ。どうだ、悪い話ではないだろう。少なくともこのままここで犬死にをするよりはましだと思うがな」
 イサスは黙って聞いていたが、その目には明らかな蔑みと憤りの色が表れていた。
「……俺はティランとは違う。誰の飼い犬になった覚えもない」
 イサスは吐き捨てるように言うと、剣を威嚇するように相手に突きつけた。
 それを見て、モルディは面白そうに笑った。
 だがその眼にはぎらぎらとした貪欲な妄執の炎が宿っていた。
「おまえの反応は全く、いちいち俺を楽しませてくれる。なるほど、確かにおまえはティランなどとは比較にもならん――まさしく孤高の狼か……ますます俺はおまえが欲しくなったよ、イサス。だが、どうやらその様子では、力ずくでも手に入れることは叶わんようだがな。残念だが、やはりここで始末をつけるしかなさそうだ」
 モルディは鞘から長剣を引き抜くと、斜に構えた。
 モルディの瞳がぎらりと光った。刀身が不気味な光を閃かせたかと思うと、忽ちイサスに向かって物凄い勢いで振り下ろされた。
 イサスは危ういところで剣の下から身を脱した。
 が、息をつく間もなく、目を開けるとすぐ前に第二刃が迫っていた。
 イサスはすかさず剣でその刃を受け止めようとしたが、その激しい剣圧に耐え切れず、一瞬で剣は撥ね飛ばされた。
 じん、と腕が痺れた。
(こいつ……!)
 イサスは目を見開いた。
 違う。さっきまでとは、全く別人のようだ。
 さっき手を合わせたときも、確かに他の騎兵達とは比にならない技量と力を感じた。
 しかし、今のこれは違う。何が、どう違うのか……。
 だが、今はそれ以上あれこれ考えているだけの余裕はなかった。そうする間にも相手の刃が圧倒的な力で襲ってくる。
 イサスは素早い身のこなしで刃の下をかいくぐったが、身を防ぐだけで精一杯だった。
 恐ろしいまでの速度と力。
 彼は短剣を引き抜いたが、モルディの大刀の前では彼の短刀など、あってなきようなものであった。到底太刀打ちできない。
 何回か刃を交わすたびに、イサスの手首から、全身に強い衝撃が走る。剣を打ち落とされていないのが奇跡だった。
 イサスの内に、初めて焦りが生じた。自分のペースがかつてない程に乱されているのがわかる。
 そして、胸の内に湧き上がってくる不安めいた感情。
 自分より強い者に出会ったのが初めてだというわけではない。そこまで彼自身、自分の技量を過信してはいない。これまでも、強い敵と真剣を交わしたことは幾度もある。
 しかし、今、目の前の男から感じる、この何ともいえない凶々しさはどうだろう。
 こんなに凄まじい殺気を感じたのは彼にとってははじめてのことだったかもしれない。
 この男が異常なだけなのか。それとも、これまでにこのような敵と出会わなかった彼の経験のなさが災いしているのか。
 イサスは苛立ちを感じ始めていた。
 完全に相手に振り回されている。呼吸も乱れていた。
 それに対して、相手の落ち着きはどうか。
 顔色ひとつ変えず、息を荒げる様子もなく、涼しい顔で剣を振るっているのである。
(化け物か、こいつは!)
 双方の剣戟が一時止んで、再び相手と距離を置いて向かい合ったとき、イサスは心中薄ら寒いものを覚えずにはいられなかった。
「だいぶ息が上がっているな。そろそろ限界か」
 モルディは薄ら笑いを浮かべながら、ゆっくりと剣先を動かす。
「最後に一つ教えてやる。アルゴン州侯は死んだ。まもなく政変が起こるだろう。ザーレン・ルードはもう終わりだぞ」
 その言葉にイサスの身がぴくりと反応した。彼は顔色を変えた。
(……な……にっ……?)
「今一度聞くが、考えは変わらないのだな」
 問いかけるモルディに対するイサスの返事はなかった。
 そのとき、彼の頭の中には色々な事柄やそれに付随する思いが怒涛のように駆け巡っていた。
(――アルゴン州侯が……死んだ――?)
(――ザーレンの身に、何か……?) 
そんな彼の混乱した思いを嘲笑するかのように、目の前の敵は冷やかに剣先をイサスの胸に向けた。
「殺すには惜しいが、止むを得んか」
 剣が再び動いた。
 一瞬の激しい剣の交差があり、イサスの手から衝撃で短剣が弾け飛んだ。
 イサスはすかさずはね飛び地面に転がっていた長剣を再びその手に掴んだ。その剣でそのまま迫りくるモルディの刃を間一髪で受け止める。
(なかなか素早い)
 モルディは目を細めた。
 しかし、彼は攻撃の手を緩めなかった。さらに激しい打ち合いが続き、ついに幾度目かの剣戟で、イサスの体は地に横転した。
 イサスの右半身を鋭い痛みが走った。脇腹の下あたりがざくりと裂かれ血が噴き出していた。
 呻きながらも、彼は何とか立ち上がり、体勢を立て直そうとしたが、既に長剣を持つ手にはあまり力が入らなかった。
 そこへ、モルディのさらなる強烈な一撃がイサスの利き腕を容赦なく打ち据え、たまらず彼は剣を手離していた。
 顔を上げたイサスのすぐ前で刃が閃き、彼は左肩に鈍い痛みを感じながら、なすすべもなく地に倒れた。
 利き腕の感覚はまったくなく、全身に激しい痛みが走っていた。
 それでも彼は何とか敵から逃れようと、本能的にもがいたが、そんな彼の体をモルディが上からがっしりと抑え込んだ。
 イサスの喉もとには冷たい鋼の先端がぴたりと突きつけられていた。
「なかなか楽しませてくれたが、どうやらこれで終わりになりそうだな。残念だよ、イサス。ティランなんぞよりおまえの方が余程役に立つだろうに……」
 モルディの顔から笑みが消え、冷酷な兵士の表情へと一変した。
「……だが、恐ろしい奴だ。多分、おまえのような危険な獣は今のうちに息の根を止めておいた方がよいのだろうな。ザーレン・ルードがおまえのような駒を使うとなると、尚更のこと、俺たちにとっては脅威となる」
 モルディはそう言うと、剣を持つ手に力を込めた。
「安心しろ。せめて、苦しみが少ないよう一息に殺してやる」
 イサスはどうにもできぬまま、ただ目を閉じた。
 全身に広がる痛みで既に意識は朦朧としている。
 不意に、雲間から月の光がこぼれた。
 一陣の風がざわざわと周囲の木立を揺らす。
 それと呼応するかのように、イサスの胸元が微かな光を発した。
 一瞬のことではあったが、その緑の不思議な閃光はモルディの目をつき、彼は驚いて手を止めた。
 再び視線を戻したときには、既に光は消えていた。
(何だ、今のは……?)
 気のせいかと思いながらも、モルディは何か落ち着かない気持ちになった。
 周囲で立ち尽くしていた兵士たちも不思議そうに、辺りを見回している。
 冷たい風がひときわ激しく木立を揺らした。
 何かの気配がモルディの気を一瞬そらした。
「――誰だ!」
 少年に剣を突きつけた姿勢のまま、モルディは木立ちの方を見て叫んだ。
 返事はない。だが、木の梢のざわめきが、妙に彼の神経を逆撫でた。
「誰かいるのか!」
 さらに、モルディは誰何した。