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The El Andile Vision 第2章

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Episode.4 闇に魅入られし者



 馬車が止まると、エルダー・ヴァーンはゆっくりと立ち上がった。
「どうやら、着いたようですね」
 彼はイサスの足の縄を手早くほどいた。
「ご苦労だったな、エルダー・ヴァーン。狼小僧は、よもやくたばってはおるまいな」
 幌が取り払われ、数人のアルゴン騎兵の顔が覗いた。その中央に立っていた巨躯は、無論モルディ・ルハトだった。
 彼は荷台の中へ乗り込んでくると、イサスの体をぐいと引っ張り上げた。
「ふふん、まだ息はあるようだな。なかなかしぶとい」
 モルディは、少年の顔を一瞥すると、鼻を鳴らした。しかし、その顔には僅かに安堵の色が表れていた。
 エルダーの言った通り、イサスが息をしていなければ一番困った立場に追いやられるのは彼自身であっただろうということは、その表情から明らかに見てとれた。
 イサスは何も言わず、ただモルディを暗い目で見返した。
「ユアン様がお待ちかねだ。さあ、降りろ」
 モルディは少年の体を、乱暴に幌の外へ突き出した。外から他の騎兵が彼を受け止めるようにして、下へ降ろした。
 イサスは久し振りに地を踏みしめる感覚に、体がついていけず、少し平衡を崩して足元をふらつかせた。
 外の涼しい空気が彼の鼻孔に新鮮な息吹を注ぎ込んだ。周囲は既に暮色が濃くなっていた。
 ――すると、あれから既に丸一日が経過したのか、とイサスはぼんやりと思った。
 モルディとの戦いで意識を失ってから、彼には時間の感覚が全くなくなっていた。傷の痛みに押されてか、空腹感も殆ど起こらないのでそれは尚更だった。
 薄闇に包まれた中、目の前に赤い石造りの城館が聳え立っていた。
 彼はその赤錆びた色合いの建物に見覚えがあった。
 ――ユアン・コークの館だ。
 しかし、さすがに実際に中へ足を踏み入れたことはなかった。
 ユアン・コーク本人の姿はといえば、実のところまだ彼は一度も見たことがなかった。
 彼はアルゴン騎兵に両脇をはさまれるようにして、時には背中を突つかれながら、玄関の重々しい二重扉の間をくぐった。
 中へ入った途端に、背後で重々しい音を響かせて扉が閉まる音が聞こえた。
 前を行くモルディ・ルハトと両脇の騎兵、それにいつのまにか少し離れた斜め後ろを、歩くエルダー・ヴァーンの姿がちらりとイサスの視野を掠めた。
 内部は、大方の身分ある者の屋敷の例に違わず、中世からのいかにも年代を経たらしい、古めかしい造りになっていた。
 一階は吹き抜けになっており、豪奢な赤い絨毯が一面に敷き詰められている。中央にやはり絨毯が敷かれた大きな幅広い階段が弧を描いて二階へと続いていた。
 まだどの燭台にも灯は入っておらず、全体的に薄暗い印象だった。
 その階段を彼らは上がっていった。上がりきると、正面にそのまま天井の高い、長い廊下が続いている。
 不意に、横から手燭を持った女性が現れた。
 頭を黒いレースのヴェールですっぽりと覆い、俯いているので顔はよく見えない。
 身体をぴったりと包み隠した黒いドレスの裾は長く、彼女が歩く度、軽く床を引きずっている。
 召し使いという雰囲気はないが、かといって女主人とも思えず、何ともその場にはそぐわない。
 黒い衣服に身を包み、俯きながらひっそりと歩く姿は、見る者にまるで寡婦のような印象を与えた。
 彼女は軽く頭を下げると、手燭で廊下の奥を示し、先頭に立って彼らを導いた。
 モルディたちも、よく知っているものか、さして不審気な様子も見せず、黙って頷くと女の後に従った。
 しかし、イサスは女が彼の傍を通り過ぎるとき、ちらと刺すような視線を投げかけたことに気付き、身を硬くした。
 こちらからは顔は見えなかったが、女の方は確かに彼を認めたのだ。そしてそこには、気のせいか何かしら邪悪な空気が存在していた。
 ――この女は、敵だ。
 その瞬間、彼の直感がはっきりとそう告げていた。
 もっとも、もともと彼は敵の中に捕われている身なのだから、敵以外いるわけがないのだが。
 しかし、女から感じたものは、それとはどこか違う類のものだった。
 ずっと、遥かに凶々しいなにか――別の脅威といったものか。それは、彼の本能が自然に嗅ぎ取ったものだった。
 ふと視野の隅に入ったエルダー・ヴァーンの表情を見ると、女の背を見つめるエルダーの顔も、とても険しいものであった。
 強い不信と警戒心。そこにはむしろ敵意すら、見出せたかもしれない。
(こいつにとっても、ここは気の抜けない敵地ということなのか……)
 そもそもエルダー・ヴァーンとユアン・コークはどういうつながりがあるのか、イサスには何もわかっていない。すべてが謎に包まれたまま、ここまできた。
 エルダーが敵なのか味方なのか、彼の存在自体が謎だらけだ。
 古代フェールの錬金術師の子孫。『焔の守護者』――イサスにとってはあまりにも現実離れしたことばかりで、実際に彼が何をもくろみ、なぜここにいるのかということについては、まったくといってよいほど、わかっていないのだ。
 そんなことを考えているうちに、いつのまにか歩みが遅くなっていたのだろう。右脇を歩く兵士に、ぐいと強く縄を引っ張られて、イサスは我に返った。
 彼らは廊下の突き当たり、重層な両開きの扉のすぐ手前まできていた。
 そこで、女が振り返り、ヴェールの下からじっと一同を見やった。
 彼女はすっとエルダー・ヴァーンの方へ近寄り、軽く会釈した。
「エルダー・ヴァーンさま。申し訳ございませんが、あなたさまはこちらでお待ちを」
 エルダーの眉が僅かに上がった。
「それはユアン殿のご意志か、それともおまえ独自の判断か」
 女はふっと息をつき、軽く肩をすくめてみせた。顔は見えずとも、それが嘲笑を含んだ仕草であることは誰の目にも明らかであった。
「無論、主の命によるものです。それ以外に、何がありましょう。あなたさまのお力は、あまりに強すぎますゆえにわたくしの結界の中には、相容れないので止む無く。他意はございませぬ。それともまさか、このわたくしが、あなたさまに疑心を抱いているとでも、お考えで?――わたくしとあなたは、かつて同じ塔で学んだ同志ではありませぬか」
「『同志』……か。おまえの口からそのような言葉が出るとは、思いもよらなかったな。ジェリーヌ・ヴァンダ」
 今度はエルダーが皮肉な笑みを浮かべた。
「まあ、いい。俺はここで待っている。ただし、警告しておく。おまえが何をもくろんでいようが、無駄なことだ。石は、主との契約を違えぬもの。所詮おまえなどの手に負える範囲のことではない。下手に手を出せば、火傷するのが落ちだぞ。……用心するがいい」
 ジェリーヌ・ヴァンダは一瞬ぴくりと怒ったように肩を震わせたが、敢えて何も答えず、さっさとエルダーから離れると、両扉に手を触れた。
 扉が音もなく開き、彼女はエルダーを残した一団を室内へ導いた。
(結界、だと。相変わらず、用意周到なことだ。そんなに、この俺の……いや、わが君の力が怖いのか、ユアン・コーク。……おまえもまた、『闇に従いし者』になろうとしているのか。身の程もわきまえず――愚かしいことだ)

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